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翌日、衛士嵐雲の姿は妹とともに後宮から消えていた。
遠い戦地へ派遣されたという噂が流れたものの、衛士たちの中で誰もそれを気に留める者はいなかった。
隊長の浩然のもとへは三尖両刃刀が返還された。
それには皇帝から下賜された黄色の三角旗が翻っていた。
「こ、これを、それがしに!?」
禁色である黄色の三角旗は武人最高の栄誉である。
ひざまずいて拝受した浩然の肩に伝奏役の老大臣が手を置く。
「その方の忠義について嵐雲から陛下に奏上があったゆえ、この品を下げ渡すとのことである。謹んでおつとめに励むが良い」
「ありがたき幸せ。肝に銘じまする」
一方、敬和宮の峰華妃はしばらくの間ため息ばかりついて居室に引きこもっていた。
数ヶ月後、とある小説が後宮内で回し読みされるようになった。
後宮に生まれ育った公主が皇帝に仕える青年官僚に一目惚れし、身分を偽って逢瀬を重ねるうちに抜き差しならぬめくるめく悦楽の淵に落ちていくという禁断の愛の物語とされているが、作者は不明、また実際にその冊子を見たと表立って証言する者はいない。
だが、着実に続編が生み出されており、いつもまず一番にそれを話題にするのが敬和宮の女官たちであるのがなにゆえなのかは、それもまた謎とされていた。
老齢により後進に道を譲って御典医の地位を退いた瑞紹老師は、皇帝から都下に宅地と療養所の建物を賜り、町医者として余生を過ごしていた。
蘭玲と小鈴は形式的に瑞紹老師の養女となった。
「私ね、お医者さんになるの」
病が快癒し、少しばかりふっくらとしてきた小鈴は老師と同居し、学問に励んでいた。
遠くのものは見えにくくても書物を読むことはできたので、薬の調合を学びながら療養所を手伝っていた。
「おじいちゃん、桂皮となんだっけ?」
「陳皮じゃよ」
「ああ、そうだった」
「よく乾燥させたものを選り抜いてすりつぶすのだぞ」
「まかせておいて」
「無駄にするでないぞ」
「わかってるよ、おじいちゃん」
「まったく、口だけは達者な娘じゃのう」
蘭玲は瑞紹老師の養女としてあらためて後宮入りし、妃として善悠殿という建物に居室を与えられた。
最小限の侍女のみに身の回りのことを任せ、質素に暮らしているという。