私は今、人生で初めて、壁にどん、と手をつかれて身動きが取れない状態でいる。それも、異性に。
どうしてこうなったのだろう。必死に考えても、頭がまるで回らない。
その間にも、ひんやりと冷たい壁の感触が、じわじわと背中に広がっていく。背中には、べったりと汗をかいている。冷や汗だ。
「どうした、雪玲? 顔が青いぞ?」
低く、しっとりとした声がすぐ耳元で怪しげに響く。その声はどこか楽しげで、いたずらっ子のように弾んでいる。
私の反応を面白がるように、綺麗な形をした瞳がすうっと細められた。私はむきになって、「気のせいです」と強がるけれど、その声は情けないほどに震えている。
重ねて言う。
どうしてこうなったのか。私は、自分の状況がまださっぱり理解できていない。
私は、黎雪玲。訳あって男装して、中書門下省の文官として働いている一庶民(女)だ。
なぜ、女の私が男装して宮廷に紛れているかと言うと、それは一ヶ月ほど前のできごとにまで遡る。