カラフルに輝くバーが、画面の上から雨あられと降ってきます。

 バーが落ちてくるのに合わせて、長野先輩がゲーム筐体のボタンを素早く押していきます。押しているようです。ボタンの数がたくさんあり、落ちてくるバーの量と速度もとんでもなさすぎて、長野先輩がバーの落下に合わせてきちんとボタンを押しているかどうか分かりません。でたらめに連打していると言われたら、それはそれで信じてしまいます。

「船井先輩。これ今、上手くいってるんですか?」

 声をひそめ、傍に立っている船井先輩に話しかけます。船井先輩はジャンボラーメンの詰まったお腹をさすりながら、少し苦しそうな表情で答えてくれました。

「分からない。音ゲーほとんどやったことないから。安木は分かるか?」
「コンボは繋がってるから、失敗はしてないんじゃないかな」
「それぐらいなら俺だって分かるわ」
「よしっ!」

 長野先輩が筐体のボタンを強く叩き、大きな声を上げました。よく分かりませんがクリアしたのでしょう。わたしたちと同じように長野先輩を見守っていた女性店員の高崎さんが、盛大な拍手を長野先輩に送ります。

「すごーい!」
「スコアは微妙ですけどね」
「これ微妙なんだ。すごいねー、さすが小笠原くんのお友達だわ」
「小笠原は下手ですよ?」
「規格外ってこと。じゃあこれ、渡しとくね」

 高崎さんが白い封筒を長野先輩に渡しました。長野先輩は受け取った封筒を流れるように「はい」と手渡してきて、高崎さんとゲームの話で盛り上がります。別にいいですが、どうやらまたわたしが封筒を開けることになりそうです。

 小笠原先輩がよく行っていたゲームセンター、『シリウス』の女性店員である高崎さんが、わたしたちの第二の試練の相手でした。

 試練の内容は、音楽に合わせてタイミングよくボタンを押す音ゲーと呼ばれるゲームで、ものすごく難易度の高い曲をクリアすること。わたしは長野先輩が音ゲーをプレイすることをまず知りませんでしたが、わたし以外の三人は一緒にゲームセンターに行ったこともあるらしく、当然のように知っていました。もちろん小笠原先輩も知っていて、だから第二の試練が音ゲーになったわけですが、長野先輩が言うには「私の腕と曲の難易度のバランスは絶対に分かっていない」そうです。つまりまたジャンボラーメンのような無茶ぶりが待っている可能性があったわけで、あっさりとクリアできたのは運が良かったと思います。

「長野さん、DTMもやるんだよね?」
「はい。というか、そっちが先で音ゲーが後ですね」
「今度、作った曲聞かせてくれない?」
「いいですよ。さっき交換した連絡先に後で音源送ります」

 いいのかな。いつか聞いた『雌豚音頭』のメロディを思い出し、勝手に心配になります。長野先輩が音ゲーの筐体を見やりました。

「小笠原、なんであんなマニアックな曲を指定してきたんだろ。高崎さんは理由分かります?」
「分かるよ。たぶんそれが、第二の試練が音ゲーになった理由だから」

 目を細め、髙崎さんが音ゲーの筐体をじっと眺めます。

「去年の春ぐらいだったかな。若い男性二人組のお客さんがそこの筐体でゲームを交代でプレイしていて、わたしはその横を通りかかったの。そうしたらプレイしてない方に話しかけられた。ナンパみたいな感じで」
「あー、うざいですね」
「普通に話しかけてくれるなら、それはそれでいいんだけどね。小笠原くんなんてゲームしに来てるのか店員と話しに来てるのか分からないぐらいで、ゲームしてもらえないとお金が落ちないんだって店長から怒られてたから」

 高崎さんが苦笑いを浮かべました。わたしたちも釣られて笑ってしまいます。

「その時のお客さんも小笠原くんみたいな相手なら良かったんだけど、そんなことはなかった。とにかく見下してくるの。私も店員だから『音ゲーが上手い人ってすごいですよね。私もやろうかな』みたいに話を合わせるんだけど、そうしたら『女に音ゲーは無理』とか返されるわけ」
「うわー、鬼ムカつく」
「でしょ? 私もカチンと来ちゃってさ。音ゲーが上手い女性もいるかもしれないと主張するわたしと、絶対ありえないと主張するその男で軽い口論になったの。そこに小笠原くんが通って、プレイしてる男の方を指さしてこう言った」

 音ゲーの筐体を指さし、髙崎さんが得意げに笑いました。

「『こいつより上手い女、知ってるよ』って」

 長野先輩の瞳が、大きくぶるりと揺らぎました。

「その男がプレイしていたのが、さっき長野さんがクリアした曲。小笠原くんから曲名を聞いた時、私はそのことを思い出せなかった。ああ見えて記憶力いいよね。忘れちゃいけないことと忘れていいことの区別を、はっきりとつけてる気がする」

 そうかもしれません。どうしてもいいことは一瞬で忘れるし、大事なことは一生忘れない。その在り方はとても小笠原先輩らしいです。高崎さんの語った思い出が、大事なことの方に入っているのも含めて。

「なるほどねえ」

 長野先輩が筐体の前に立ちました。そしてモニターを見つめながら語ります。

「さっきの曲、その男はクリアしてたんですか?」
「してなかった。だからチャレンジしてたみたい」
「そっか。まあ、でも、チャレンジしたらクリアできるかも程度ではあったってことですよね」

 長野先輩が振り返り、デモプレイが流れているモニターを背景に笑いました。

「どうりで、簡単だったわけだ」

 それが本音なのか強がりなのか、わたしには判断できません。でも、どっちでもいいと思いました。長野先輩が満足している。それ以外はどうでもいいです。

「じゃあ私たち、次があるので」
「はい。また遊びに来てください」

 高崎さんと手を振りあい、ゲームセンターを離れます。外に出てすぐ、わたしたちは高崎さんから貰った封筒を開けて中を確認しました。ここまでと同じように『第三の試練』という文言と電話番号の書かれた紙が現れ、安木先輩が「流れ的に僕の番だから」と言って電話をかけます。

 第三の試練の相手は、長久保さんという七十歳近いおじいさんでした。

 数か月前に足の骨を折って入院したところ、病院の休憩室で先に入院していた小笠原先輩と知り合って仲良くなったそうです。入院中、小笠原先輩が自分の半分以下の年齢の男の子と仲良くなっているのは見ましたが、それとは別に自分の三倍以上の年齢のおじいさんとも仲良くなっていました。すさまじい人たらし力です。

 小笠原先輩とは将棋を打っており、「友達に将棋の強いやつがいるからいつか会わせたい」と言われていたとのこと。しかしその前に自分が退院してしまい、約束は無かったことになったと思いきや、第三の試練の話が来て変則的な形で実現することになったという流れです。ちなみに、安木先輩が将棋を打てることはわたしたちの中では小笠原先輩しか知らず、その理由は安木先輩いわく「家に遊びに来た時に打ったから」だそうです。すると今度は小笠原先輩が安木先輩の家に遊びに行ったことを誰も知らなかったので、みんなそれに驚いていました。

「行きたいっていうから、呼んだだけだよ」

 安木先輩はさらりとそう言い、それ以上は語りませんでした。わたしたちも聞きません。いきなり家に遊びに行きたいという小笠原先輩が想像できるからです。おそらく説明されたことが全てなので、聞いても意味がありません。

「それで、将棋は勝てるのか?」
「分からない。ただ、小笠原ははっきり言って強くなかったから、あいつと楽しく打てる相手ならまず負けないと思う」

 長久保さんが待っている家に向かうため、話しながら駅へと歩きます。もう春も近く、凍えるような寒さはありませんが、外気はまだ冷たいです。白いタートルネックのニットの上に羽織っているファーコートを前に引っ張り、ふわふわした襟と首を密着させて肌を守ります。そして自分の履いているタイトスカートと長野先輩の履いているワイドパンツを見比べ、これだけ移動するならもっと動きやすい格好をしてくれば良かったかなとぼんやり考えます。

「小笠原は、何がしたいんだろうね」

 水色の空を見上げ、安木先輩が呟きをこぼしました。長野先輩が答えます。

「会わせたかったけど会わせられなかった人に会わせてるんじゃないの?」
「そうかな。あいつは自分で話をつけて試練の準備をしていた。だったらその時に僕たちも連れて行けば、会わせることはできたと思うよ」
「……確かに」

 長野先輩が顔を伏せました。そうやってしばらく一人で考え込んだ後、わたしの方を向きます。

「小笠原のしたいこと、分かる?」

 分かりません。小笠原先輩のやりたいことは、小笠原先輩にしか分からない。小笠原先輩はそういう人です。だけどわたしはそう答えませんでした。小笠原先輩が自分の言葉で語れるならばそれでもいい。でも今は違う。だったら、ちゃんと考える必要があると思いました。

「みんなを楽しませたかったんじゃないですか」

 風が吹きました。声が散らされないよう、わたしはボリュームを上げます。

「最初の一枚に『宝探しの旅に出かけよう!』って書いてあったじゃないですか。じゃあ、宝探しの旅をさせたいんですよ。小さい子どもが自分で作ったすごろくを家族に遊んでもらうように、自分の考えたゲームをみんなに楽しんでもらいたかった。それだけなんじゃないかなと思います」

 唇から舌先を覗かせる、小笠原先輩が嘘をつく時の癖。結局、小笠原先輩の誕生日以降、あの癖を見る機会はほとんどありませんでした。言いたいことは言いたいように言うし、やりたいことはやりたいようにやる。だったらこの宝探しの旅もやらせたいからやらせているのでしょう。そう考えるのが自然な気がします。

 ただ――

「子どもが自分で作ったすごろくを家族に遊ばせてる、ねえ。そう言われるとしっくり来るわ」

 長野先輩がしみじみと呟きました。船井先輩が唇の端をニヒルに歪めます。

「じゃあ、ちゃんと楽しまないとな」

 そうですね。そう言おうとした矢先に船井先輩がうっと小さく呻き、ジャンボラーメンで膨らんだお腹を抑えます。安木先輩が「クソゲーならクソゲーだって言っていいと思うよ」と言い、ほんの少し薄い唇の端をつり上げました。