最初の俊樹くんの提案通り、わたしたちは次の土曜に遺書を取りに行きました。

 午前中に遺書を受け取って読んだ後、午後はわたしの誕生日祝いで遊ぶ計画です。船井先輩は「あいつも湿っぽいのは苦手だろうから笑って一日を〆よう」と意気込んでおり、わたしも長野先輩もその意見に賛同しました。安木先輩だけは難しい顔で何か考え込んでいましたが、考え込むだけで特に何も言いませんでした。

 当日は、小笠原先輩のお父さんと俊樹くんがわたしたちを出迎えてくれました。まずは仏壇のある部屋に案内され、みんなでお線香を供えます。仏壇に供えられた遺影はへらへらと笑っていて、小笠原先輩らしいとても良い写真を選んでくれたと思いました。気持ちが乗って少し泣いてしまい、小笠原先輩は湿っぽいのは苦手だという船井先輩の言葉を思い出して反省したのですが、その船井先輩も思いっきり泣いていたので自分を許すことにしました。

 全員がお線香を供えた後は、みんなで和室の居間に集まりました。わたしが初めてお父さんや俊樹くんと顔合わせをした部屋です。あの時と同じように、漆塗りのテーブルを挟んでお父さんと俊樹くんと向き合います。だけどあの時と違って、お父さんも俊樹くんもすぐに立ち去ることなく色々と話をしてくれました。

 俊樹くんは無事、大学に合格したそうです。わたしの通っている大学よりだいぶ偏差値の高い大学で、わたしは少し尻込みしてしまいました。長野先輩は全く気にすることなく話しかけます。

「何か入りたいサークルとかあるの?」
「国際文化交流に興味があるので、そういうことが出来るサークルがあるなら入ってみたいと思っています。チャンスがあれば留学もしたいですね。日本にこもっていたら視野が狭くなりそうなので」

 長野先輩が「はー」と感嘆の声を上げました。船井先輩が呟きを重ねます。

「ほんと、あいつの弟とは思えないよなあ」
「俺は兄貴を反面教師にして生きてきましたから」

 俊樹くんが冷たく言い放ちました。そしてふっと目線を横に流します。

「ただ、兄貴から学ぶべきこともたくさんあった。皆さんのおかげで俺はそれに気づけました。もう少しで最後まですれ違い続けるところだった。本当に、ありがとうございます」

 俊樹くんが深々と頭を下げました。俊樹くんらしい真面目な感謝に、わたしたちは喜ぶよりも戸惑います。なんだかんだ言って、わたしたちも小笠原先輩側の人間。真っ直ぐ来られるのは苦手です。

「私からもお礼を言いたい。あの子の人生を善きものにしてくれて、ありがとう」

 俊樹くんの隣から、お父さんがお礼を重ねてきました。そしてわたしたち四人の名前が書かれた白い封筒をテーブルの上に差し出します。

「これが見つかった遺書だ。受け取ってくれ」

 わたしはごくりと唾を飲みました。長野先輩が封筒を手に取り、ぺらぺらと振ってみせます。見たところかなり薄くて、四人分の手紙がぎっしりと詰まっていることはなさそうです。

「どうする? ここで開けちゃう?」
「そうだなあ。開けちまうか」
「なら、私たちは席を外すよ」

 お父さんが立ち上がりました。わたしたちを見下ろして優しく笑います。

「中身は詮索しない。教えたいと思ったら教えてくれ」

 大きな背中をこちらに向けて、お父さんが居間から立ち去りました。俊樹くんも黙ってお父さんの後をついていきます。居間からわたしたち以外の気配がなくなってすぐ、長野先輩が封筒をわたしに向かって差し出してきました。

「パス」
「えっ?」
「私が開けていいものじゃないと思うから」

 わたし宛ならともかく、四人宛なのだからそんなことないと思いました。しかし船井先輩が腕を組んでうんうんと頷いているせいで言い出せなくなります。自分も開けたくないのでしょう。ズルい。

 緊張に震える手で、丁寧に封筒の糊を剥がします。封筒の口に指を入れ、中から折りたたまれた紙を取り出し、開いてテーブルの上に置きます。紙は二枚。一枚目に書かれている文字は――


『さあ! 宝探しの旅に出かけよう!』


「……は?」

 船井先輩が口を半開きにして呆け、わたしと長野先輩も固まりました。子ども向けアドベンチャーゲームの導入部を思わせる文章。わずか十数文字で紙をしっかりと埋めるやたらとデカい文字サイズ。スーパーの安売り広告に使われていそうな妙に躍動感のあるフォント。どこを見ても遺書らしさの欠片もありません。

「だよね」

 安木先輩が小さく頷きました。船井先輩が驚きをあらわにします。

「こんなの予想してたのかよ」
「船井くんが言ったんだよ」
「俺が?」
「小笠原は湿っぽいのは苦手なんでしょ。だったら湿っぽい遺書は残さない。でも遺書なんて普通に書けばどんなことを書いても湿っぽいから、何か伝えたいことがあるというより、四人集めて何かやらせたいんだろうなとは思ってた」
「……そういうの、先に言っておけよ」
「小笠原は、さっきの船井くんみたいな反応が欲しかったと思うから」
「そうだろうけどさあ」

 船井先輩が肩を落としました。長野先輩がテーブルの上の紙に手を伸ばします。

「っていうか、二枚目は?」

 長野先輩が上の紙を除けました。下から現れた紙に書いてある文字を見て、今度は安木先輩含めた全員の眉間にしわが寄ります。十一桁の電話番号。そしてその上に書いてある、五文字の言葉。

『第一の試練』

 だいいちのしれん。心の中で声を出して文字を読みます。長野先輩と船井先輩が意見を交わし始めました。

「これは、ここに電話しろってことだよね」
「ああ」
「そこから第一の試練が始まって、クリアしたら第二の試練が待ってる」
「だろうな」
「どうする?」
「どうするもこうするもねえだろ。乗ってやるよ」

 船井先輩がスマホを取り出してテーブルに置きました。そのまま電話番号を押して通話を飛ばし、スピーカーモードをオンにします。数秒後、やけにはきはきとした男性の声がスマホから届きました。

「もしもし」
「もしもし。船井という者です。実は――」
「来たか!」

 大きな声が、和室の空気をじんと揺らしました。船井先輩が呆気に取られて言葉を失った隙に、相手の男性が会話の主導権を握ります。

「小笠原の友達の船井だろ。待ってたぞ。他の三人はそこにいるのか?」
「俺らのこと、知ってるんですか?」
「ああ。小笠原からお前らへの手紙を預かっている」

 場の雰囲気が、一瞬にして引き締まりました。相手の声にわたしたちを試す不遜な響きが混ざります。

「分かっているだろうが、第一の試練は俺が与える。今日は暇か?」
「今日ですか?」
「なるべく早い方がいいからな。船井」

 名指しで呼ばれ、船井先輩が肩を震わせました。何を聞かれるのか。どう答えるのが正解なのか。わずかな沈黙の間に様々な考えがわたしの頭に浮かびます。

 そして、全て盛大に外します。

「昼はもう食ったか?」