その日は、それからすぐに家に帰りました。

 わたしは実家から大学に通っています。公務員のお父さんと、専業主婦のお母さんと、二つ上のお兄ちゃんが住む二階建ての一軒家。何の変哲もない四人家族です。

 帰ってすぐ、わたしは部屋のベッドに寝転がりました。そして喫茶店で書いたメモを開いて、はあと大きく溜息をつきます。どうしてわたしはこうなんだろう。自分で書いたくせにイヤになります。

『警察に通報する』

 なんて優等生。そしてなんてつまらない。もはや作戦ですらありません。いの一番、最初に思いついたことがこれ。情けないです。

 わたしは「ふつう」なのです。両親が揃ったふつうの家で育って、特別に頭がいいわけでも悪いわけでもないふつうの学校に行って、孤立することもグレることなくふつうに友達を作る、とてもふつうな女の子。そんなわたしは、ふつうじゃないものにとても強く惹かれます。

 例えば、小笠原先輩。

 ビリヤードは予測が大事な競技です。玉がこう当たればこう動く。そういう予測の精度と、予測を実現する精度の高い人が最後には勝ちます。

 わたしという玉は、とても素直な動きしていると思います。張り合いがないぐらいに思ったように動いてくれる。だけど小笠原先輩は違います。跳ねたり、割れたり、やりたい放題。スタートは普通のビリヤードのゲームでも、すぐに小笠原先輩をどう扱うかのゲームになってしまう。ルールを支配するほどに自由なのです。

 余命半年。

 半年後に自分の命が無くなってしまう。考えるだけで恐ろしいです。わたしならまともにご飯を食べることすら出来ません。でも小笠原先輩はいつも通りちゃらんぽらん。小笠原先輩は、ちゃらんぽらんだけどふにゃふにゃではないのです。わたしは逆に、真面目だけどふにゃふにゃ。中身がない。なんとなく先生になるのもいいかもぐらいの気持ちで教育学部を選んで、いざ入学したら本気で先生になりたい同級生たちに気圧されておろおろする。そんな子です。

 開いたメモ帳をじっと見ます。『警察に通報する』。小笠原先輩がこの意見を気に入ることはまずありません。でも、次の土曜まではあと一週間もあります。ここで小笠原先輩に選んでもらえる作戦を捻り出すことが出来れば、わたしはふにゃふにゃじゃなくなる。中身が出来る。そんな気がします。

「――よし」

 わたしは部屋を出ました。温かいレモンティーを飲んで頭を働かせるために、リビングに入ります。そしてソファに座り、一人でテレビを見ているお父さんに、何となく話しかけました。

「ねえ、お父さん」
「ん?」
「わたしが余命半年って言ったら、どうする?」

 お父さんは目をパチパチさせながら、不思議そうに呟きました。

「そういう映画でも見たのか?」

 映画。そうだよね。そういう世界の話だよね。わたしは「ちょっとね」と誤魔化して、食器棚のカップを取りに向かいました。