学が、人差し指を立てて、隠れるよう無言の、指示をだした。

カツカツと鳴り響くピンヒールの音が、真っ直ぐこちらに向かってくる。

私は、息を止めて、その人物を、掃除用具入れの扉のわずかな隙間から、覗きみる。

現れたのは、真っ赤なタイトワンピースに、黒のピンヒールを履いた、美術教師の宮野凛子(みやのりんこ)だった。

迷わず、『禁止言葉辞典』を手に取ると、軽々と持ち上げて、再び扉に向かっていく。

鍵のかけられる音がして、ピンヒールの足音が聞こえなくなるまで、遠ざかってから、私は、大きく息を吐き出した。

そして、掃除用具から、そっと頭だけ出した。

「大丈夫か?」

すぐに図書館の端の長いカーテンにその身を隠していた宗弥と、慌てて長椅子の下に潜り込んだ学が、埃を払いながら、私の所にやってきた。

「あぶ……かったね」

「あぁ、ギリだった」

学が、額の汗を拭う。

「さぁ、急いで出よう。昼休みも終わりだ」

私達は、学の手順通りに図書館を抜け出すと、教室に向かって歩き出した。

「さっきの、美術の宮野先生だよね?怪力すぎ」

私の言葉に宗弥が頷いた。

「異常だ。それに、持ってかれた、アレ」

「それだけ見られるの、嫌だってことだ」

学が、腕組みしながら、ボソリと言った。

「でも、学が、咄嗟に指差して、隠れる所指示してくれたから、助かった」

宗弥の言葉に、学の瞳が大きく見開かれた。

「それだ!」

学は、目を見開いて、興奮しながら、私と宗弥に、『新しい言葉』について、禁止言葉を使わないように慎重に、丁寧に説明していく。