前回のあらすじ

冒険を楽しもうというお話。





「これからもそんな偶然が起こるっていうのか?」
「わしが()()ならそう言う展開を期待するがのう」
「積極的な()()()()()でないことを祈るよ」

 しかし今までのことを考えると、どうにも今後も、いやおうなしに何かしらの事件には巻き込まれそうである。
 やれやれと肩をすくめる紙月に、しかし錬三は笑った。

「お前さん、退屈しておったんじゃろ」
「それとこれとは……いや、そういうことなのかね」
「僕は楽しくなる分には歓迎だけどね」
「前向きで結構……」
「まあ、なんじゃ。これからもそう言う怪しい事件があったら、お前さん方に依頼してやるから、楽しみに待っとるがいい」
「お手柔らかに頼むよ」
「次は僕も活躍できるのがいいなあ」
「お前はいつも俺を護ってくれてるよ」
「そう言うおためごかしじゃなくて」

 こうして帝都に知己を得た二人は、無事に西部へと帰りました。
 めでたしめでたし。

 とはうまくいかないのが世の常だった。

「そう言えばムスコロどこに行ったんだ?」
「知り合いの事務所を頼るって言ってたけど」
「場所はわかるか?」
「住所は聞いておいたけど」
「…………面倒くさいし、置いて帰らないか?」
「もう、そんなのだめに決まってるじゃないか!」
「へへ、冗談冗だ、」
「僕らだけじゃ道わかんないじゃない!」
「お前たまに辛らつだよな」
「?」

 ともあれ、タマが重すぎて《絨毯》が使えない以上、帰り道を知っているムスコロを捕まえてくるしかない。
 あのむくつけき筋肉男をわざわざ探しに行くのも面倒であるという気持ちを代弁するように、あるいはまったく代弁する気もなくマイペースな歩みなのか、のっそりのっそりとタマは行く。

「なんていうところだ?」
「《小鼠の細剣(ラピロ・デ・ムーソ)冒険屋事務所》だって」
「また筋肉男とは似合わない名前だな」

 探偵事務所を探した時と同様、適当な辻馬車の御者をつかまえて道を尋ねると、やはりすぐに見つかった。他に冒険屋の事務所が知りたければ、と親切に教えてくれたところによれば、帝都はその敷地面積に比べて非常に冒険屋の事務所が多い土地柄であった。

 それはつまり冒険屋の事務所を起こしやすい土地であるとも言えるし、それだけ冒険屋の需要が多い、つまり面倒ごとの多い土地であるとも言えるだろう。

 そんな数多い事務所の中で言えば、《小鼠の細剣(ラピロ・デ・ムーソ)冒険屋事務所》というのは比較的小さい冒険屋事務所にあたるようだった。
 構成人数も十人足らず。ほとんど冒険屋パーティが一つ進化した程度の小さな所帯だそうである。

「小さいってことはあんまり有名じゃないのかな」

 というと、そうでもないらしかった。
 なんでも事務所の所長であるシャルロ・ベアウモントという人物が、若いながらに凄腕の細剣遣いで、抱える冒険屋たちもみな剣術に優れ、帝都で毎月発行されているという冒険屋番付でも常に中堅どころをキープしているという。十名足らずの少数精鋭でこの順位は他にないという。

 どうしてまたそんな隠れた名店のような事務所とムスコロがつなぎを持っていたのかは不明であるが、事務所の場所はすぐに分かった。
 少し奥まった路地に看板を出しているため、表通りにタマをつないでおかなければならなかったが、言えばやはりすぐに頭を引っ込めて眠りだすので、扱いが楽でいい。

 小ネズミが待ち針を構えている愛らしいイラストの書かれた看板を確かめ、これまた愛らしいネズミを模したノッカーを叩くと、中から応の声があったので入ってみれば、中も何とも言えず小作りである。

 はっきり言ってしまうと、大鎧の未来では天井にひっかかってしまうので、仕方なく鎧を脱ぐほかになかった。長身の紙月も、天井に触れるのでとんがり帽子を脱いだほどだ。

「やあ、狭いところで申し訳ないね」

 そんなせまい室内でもぴんと背筋を伸ばして出迎えたのは、ひとりの剣士である。腰には細剣と短剣を差し、動きやすそうな格好はしかし洒落というものを忘れていないようで、動きの一つ一つをちょっと目で追ってしまうほどだ。
 意志の強そうな目つきは小柄な体躯に見合わぬ力強さで、男女ともとれぬ曖昧な顔立ちにぴんと張りを与えていた。

「依頼人には見えないが、ご同業かな?」
「え、あ、ああ、俺は冒険屋の紙月と言います」
「僕は未来です」
「シヅキに、ミライ……ははあん、となると、君たちが噂の森の魔女と盾の騎士殿だね」

 どうも二人の二つ名は帝都にまで響いているようであった。気恥ずかしいやら誇らしいやら、難しい所である。

「帝都じゃあどんな噂に……?」
「ああ、いや、まだ帝都じゃそこまで噂じゃあないよ。なんだっけ。海賊船を頭からバリバリ食べたんだっけ」
「大した噂に!?」

 どういうわけか帝国民はうわさ話にひれをつけるとき、頭からバリバリ食べてしまうようにするのがお好きらしかった。

「うちの事務所も小さいから、おやつ代わりに食べられてしまうのかな?」
「いやいやいや!」
「冗談さ冗談。君たちのことはちゃんと聞いていてね」
「ええ?」

 剣士は無造作に奥の間に怒鳴りつけた。

「ムスコロ! いつまで寝てるんだ!」
「起きてるよ……何しろ狭いから寝苦しくって仕方ねえや」
「一部屋借りておいて図々しいやつめ」

 のっそりと顔を出したのは、部屋と比べると縮尺を間違えたような筋肉ダルマ、ムスコロの姿であった。しかも帝都だからなのか割と洒落者といった服装を着こなしていて、それが似合っているのだから腹が立つ。

「お、姐さんに兄さんじゃねえですか。そろそろお帰りですかい」
「そのつもりだったんだが……ムスコロ、お前なんでまた、そのう」
「『なんでこんなところに』って奴だろう。わかるよ」
「はあ、実はですな」

 聞けば、この剣士ことシャルロ・ベアウモント、つまり事務所の所長は、ムスコロの親戚筋にあたるのだという。それで帝都に訪れるときは必ず頼っているのだそうである。

「それはまた、なんというか」
「似てないのは気にしないでおくれ。家を出た叔母が大男を捕まえたってだけさ」

 ムスコロは父親似であるらしい。まあ、ムスコロ似の母親というのも気の毒な話ではあるが。いかにも骨太すぎる。

 そのムスコロは、どうにも申し訳なさそうに、ただでさえ頭がつかえている室内で、頭を下げてくる。

「申し訳ねえんですが、ちっと用事が出来ちまいまして、帰るに帰れねえんでさ」
「なに?」
「へえ、そう言う次第で、俺は後から帰りますんで、先にお帰りになってもらえれば、へえ」

 そう言われて、二人は顔を見合わせた。
 紙月はげんなりと、そして未来はワクワクと弾む笑顔で。

「運命ってやつを実感してるところだ」
「は?」
「ムスコロさん! 僕らも丁度ムスコロさん抜きじゃ帰れないところでさ」
「へ?」
「くっそ忌々しいが、仕方ない。解決してやるから、話しておくれ」

 この二人に、所長シャルロは大いに興味をひかれたようだった。

「よしきた。せっかく森の魔女と盾の騎士殿が手伝ってくれるというんだ。お手並み拝見と行こうか」

 どうやら、冒険というものは二人を逃がしてはくれないようだった。





用語解説

・「僕らだけじゃ道わかんないじゃない!」
 《縮小(スモール)》でタマを小さくしてしまえば《絨毯》でも帰れるのだが、失念している。

・《小鼠の細剣(ラピロ・デ・ムーソ)冒険屋事務所》(Rapiro de muso)
 帝都に看板を掲げる数多い冒険屋事務所の中でも中堅どころで、特にこと剣技においては勝るものなしと畏れられる事務所である。
 在籍する冒険屋は所長のシャルロを含めて七人と少数精鋭だが、依頼達成率も高く、信頼もある。

・シャルロ・ベアウモント(Charlo Beaumonto)
 《小鼠の細剣(ラピロ・デ・ムーソ)冒険屋事務所》所長にして筆頭冒険屋。
 小柄ながらも剣技だけならば帝都一と称される技量の持ち主。
 男女ともつかない曖昧な顔立ちだが、割合けんかっ早いところがあり、《決闘屋》の異名もある。