(我慢だ。今は母さんの暴力にも、父さんの無関心にも、周囲の目にも全部我慢する時なんだ)

 いつまでも、素直な都合のいい玩具だと思うなよ。クソババア。

「美味しいですね。兄さま」

 宙を睨んでいると、那智があどけない顔で言葉を掛けてきた。
 我に返った俺は、メロンパンをかじって美味しいと返す。

 口の中に広がる甘味が、心に秘めている決意を固めた。

 そうだ。俺達はいつか自由を手に入れるんだ。
 俺はこの家を出て、那智とふたりで生きていく。
 ひとりじゃ孤独に殺されそうだけど、ふたりなら乗り越えられるはずだ。

 自由の先には、素晴らしい幸せな世界が待っている。周りの人間達と同じように、普通の暮らしに喜怒哀楽する自分がいる。そうに違いない。

「んー……」

 メロンパンを食べ終わった那智が眠そうに目をこすっていた。
 少し寝てろと声を掛け、膝を貸してやる。泣いたり、はしゃいだり、短時間で感情をたくさん出したせいだろう。そう時間を掛けずに夢路を歩き始めた。

「兄さま。ぽんぽんして」

 母親の愛情を一切得られなかった俺と那智だ。
 兄弟の間で、幼児のように甘えることもよくあること。俺は着ているブレザーを掛けてやると、那智の腹を叩いてやる。

 その安らかな寝顔に頬を崩し、残り少ないメロンパンを口に押し込んだ。

「那智。お前は兄さまの傍にいろ。それだけでいい。あとは俺が上手くやってやる」

 いや、那智は俺の傍にいないといけない。

 それは絶対だ。
 何があろうと、それだけは覆しちゃなんねえ。もし、それが覆れば――俺はお前に何をするか分からねーや。お前を心の底から深く愛しているからこそ、な。

「さてと。どうするかな」

 那智の腹を叩きながら、俺はカーテンのない窓の向こうを見つめる。強い夕陽が目を射してくる。それに目を細めながら、いつまでも那智の腹を叩き続けた。


 今夜も、俺は那智が自由を手に入れる方法を考える。
 高校一年、梅雨入り前のことだった。