「だったら明日、日記帳を買ってやるよ。ノートよりテンション上がるだろう?」
「え、いいんですか?」
「その代わり、ちゃんと続かせろよ。那智の日記、楽しみにしているからな」
「兄さまと楽しめる日記……上手く書けるかな。おれ、文章力無いですし」 

「ばか、気張らなくていい。今日あったことを綴りゃいいんだ。例えば、心理療法(セラピー)で何をしたとか。昼飯はこれを食った、とか」

「それ、兄さまが読んで面白いです?」
「ああ。那智がどんな気持ちで過ごしていたか、想像するだけでも楽しいぜ」
「うーん。日記に書くの、何でもいいんですかね?」
「兄さまの悪口でもいいぞ? 読んだ兄さまは泣く自信あるけど」

「兄さまの悪いところなんて……ありますけど!」
「おい。あるのかよ」

「お姫様抱っこの恨み、晴らさずにいられましょうか!」

「そりゃ那智がチビなのが悪い」
「兄さまがデカイのが悪いんです。なんでおれはチビなんですか。不公平です。兄弟なのに」

 グチグチ文句を言う那智にひとつ笑うと、「明日、試しに日記帳を買ったら今日の出来事を書いてみたらいい」と言って、俺はさり気なく日記を勧める。

 マジな話。俺がいない間の那智の行動が気になって仕方がない。それこそ勝呂と二人きりになった時間は何をしていたのか、とか……な。
 醜い嫉妬心を表に出さないように努めながら、俺は那智の頭や腹を優しく撫で続ける。しばらくすると那智の瞼が重たそうに閉じていき、微睡み始める。

 それを見守りながら、そっと弟にお願いをする。

「那智。今夜みたいに、また兄さまと触れ合ってくれるか?」

 答えは分かり切っていた。
 なおも本人の口から言質を取りたい俺は、さっきのような愛情表現をまた弟に施すだろう、と宣言する。
 あの愛情表現はきっと世間にとって、誤った愛情表現。那智も分かっている。チビってからかっているけど、もう中学生だもんな。分かっていて当然だ。

「兄さまが那智にしたことは、きっと世間には許されねえことだ。それでも俺はお前に触れたい」
「どうして、許されないんですか? 血が繋がっているから?」
「ああ」

「許されない理由が、おれにはイマイチ分からないです。世間はおれ達に興味がないのに」
「そうだな」
「お母さんにいじめられるおれ達を、誰も助けてくれなかった」
「うん」

「おれを助けてくれたのは、いつも兄さまだった。おれは弟を愛してくれる兄さまが大好きです。触れてもいいって思うくらいに。なのに世間はおれ達が触れ合うことを許さないっておかしくないですか? おれ達に興味がなかったくせに……触れることでおれと兄さまの仲が変わっちゃうわけでもないのに。手を繋いだり、抱擁と同じことだと思うのに」

「そうだな。ほんと、俺らは変わらねえよ」
「おれ、他人に触りたいと思いません」
「俺もだ」

「世間の言う正しいが何かよく分からないですけど、おれは兄さまと触れ合うことが嫌じゃなかったですよ。初めてで戸惑いましたけど、嫌じゃなかったです」

 優しい那智は当たり前のように俺の願いを受け入れた。
 世間にとっては誤りでも、自分達にとって正しいと思えば、それは『正』しい愛情表現になる。それで良いのだと思う。少なくとも那智はそれで良いと思っている、と返事をした。