「下川のお兄さん。この汚れたトートバッグと服は」
柴木から質問を投げられた俺は、居間に顔を出す。
汚れたロゴ入りトートバッグと服は血にまみれていた。服は俺のもので、トートバッグは那智のものだ。
居間の押入れに入っていた、と柴木が出所を教えてくれる。
「あーそれは確か……通り魔に襲われた時のやつか? 捨ててなかったっけ」
俺は当時の記憶を振り返る。
通り魔に襲われた那智と一緒に救急車に乗り込んだ俺は、病院についても、弟が刺された現実に取り乱していた。
あんまりにも取り乱していたもんだから、付き添ってくれた優一や浩二が医者や看護師の説明を聞いてくれたのを覚えている。
手術が始まると、俺は手術室前から地蔵のように動かなくなった。
だけど俺の服は那智の血で汚れまくっていたから、これまた優一と浩二に引きずられるかたちで、一度家に帰った。俺の着替えはもちろん那智の着替えも必要だろう、と説得された結果だった。
汚れた服とトートバッグは、その時に家に持って帰ったものだ。
押入れにぶち込んだ記憶はないから、付き添っていた優一か浩二が入れたと思うんだが……正直、断言はできない。当時の記憶は曖昧だ。
「トートバッグの中身は汚れた服以外に、財布や充電が切れそうな携帯が入っています。これは普段、那智くんが使っていたものですか?」
「ああ。買い物や図書館に行く時は、常にそれを持って出掛ける」
そのロゴ入りのトートバッグは那智のお気に入りだった。
それまで那智は外出時、百均一の手提げを使っていた。本人は物が入ればなんでもいい、と思っていたみてぇなんだが、見るからにそれは汚れが目立っていた。
見かねた俺は少し前、給料日にブランドのトートバッグを那智に贈ってやった。今まで母さんやその恋人に虐げられていたんだから、これくらいの贈り物くらいあって当然だろうと思っていたんだ。
泣き虫毛虫の那智はトートバッグを抱きしめて、泣いて喜んでくれた。いつか自分でお金を稼いだら、絶対に兄さまにプレゼントする、そう言って泣きながら大喜びしてくれた。
あそこまで喜んでもらえると贈った甲斐もあるな、と思っていたんだが……。
「財布には千円札が2枚と小銭、数枚のポイントカードが入っています。異変はありませんか?」
「さすがに弟の所持金まで覚えてねえんだけど」