俺はこめかみに青筋を立てたまま、那智の両頬を引っ張る。
「俺はどこでお前の育て方を間違えたんだろうなー? なー?!」
「兄さま、お顔が真っ赤。かわいい」
こいつ……。
「なーち。あんまりうるさいと、口を塞ぐぞ」
「おお、兄さまが言うと様になりますね! でも顔が赤いと説得力があんまりっ、いひゃひゃひゃ。兄ひゃまのまけずぎらひぃー」
負けず嫌いで結構、俺は弟に対して負けず嫌いだ阿呆!
負けず嫌いだから俺は那智に強くなってほしくないし。俺よりも優位に立ってほしくないし。俺よりも頼りになる人間になってほしくないんだ。この兄心が分かるか、愛しい弟くんよ!
そんな兄の心を読んだのか、那智は「やったもん勝ちです」と赤い舌を出した。負けた兄貴は今日から弟の可愛いヒロインだとからかい、堂々と勝利宣言してきやがった。
よーし、よし、よし。
なるほどな、お前はとことん兄さまに喧嘩を売るつもりなんだな。那智から仕掛けてきた喧嘩だ。後悔するんじゃねえぞ……あ、ずりぃお前! 枕を盾に使うんじゃねえ! 逃げるんじゃねえ!
「テメェ。自分から喧嘩を振ってきたくせに、逃げるなんてふざけんなよ!」
「兄さまが言ったじゃないですか。正面から喧嘩したらばかを見るって。おれは賢く引いているだけですよ! ちゃんと引くことを覚えました! えらいですね! 褒めてくれてもいいですよ!」
「生意気なことばっか言いやがって! くら那智、待ちやがれ!」
俺と那智は枕を挟んで、くだらない攻防戦を繰り広げた。
枕をひったくっては取り返し、取り返されてはまたひったくり。やっとのことで枕を床に落とすことに成功すると、俺は未だに可愛いカワイイとからかってくる那智を顔を挟んで、引き攣り笑いを浮かべながらベッドに押さえつける。
やっと捕まえた。散々可愛いとからかってきやがった弟クンよ。覚悟はいいか? ん?
「あー……下川の兄ちゃん。朝っぱらから賑やかだな」
邪魔が入ったことで、またしても軍配は弟に挙がってしまう。
不機嫌に顔を上げる俺は扉の方を見やった。そこにはこめかみをさすっている益田やら、遠い目を作っている勝呂やら、微動だにしていない柴木やらが立っていた。
おい、いつ病室に入って来やがった。ノックはしたか?
あ、那智の奴、隙を突いて布団に潜っちまいやがった。まじ勝ち逃げは許さねえんだけど!
「兄ちゃん。お取込み中のところたいへん申し訳ないが、ちょっと聞いていいか? ……おめぇら、何しているんだ」
「見りゃわかるだろ、兄弟喧嘩だ」
それ以外、何に見えるんだよ。
お前らこそ朝っぱらから顔を出すなんて、相当な暇人だろうが。さっさと刃傷事件を起こした通り魔を捕まえてほしいんだが? ほしいんだが?
嫌味ったらしく文句を投げてやるが、益田は右から左に流すだけ。それどころか那智に「ちと兄ちゃんを借りるぞ」と言って、俺を手招いてきた。