サイエンス五輪が終わってしばらくが経ち、気がつけば季節は冬になり、先生と出会ってから半年が過ぎていた。あのあと何回か地学の授業があったが、先生が可愛すぎて直視できなかった。けれど最近、新しい日課ができた。休憩時間にずっと廊下を見て、他クラスの授業に行く先生を眺める。そして、彩空と「今日の服装もかわいいね」と語ること。自分でも、少しキモいと思う(笑)。
そして、気がついたことがある。先生は服装のバリエーションが豊富だ。毎日、異なる服を着ている。しかも、その全てが似合っている。センスがいい。きっと、自分のことをきちんと理解しているのだろう。
「ねぇ、今日部分月食の観測を桜庭先生とやるんだけど、一緒にどう?」
突然、彗が話しかけてくる。そう言えば朝のニュースでも、夜の天気が良く久しぶりに綺麗な部分月食が見れると言っていた。
しかもそれを桜庭先生と見られる…。学校に残らないという選択肢はない。
「一緒に見たい。彩空も誘おう。」
私の学校に望遠鏡があったなんて、初めて知った。天文部なだけあって、彗は1人で望遠鏡をセットしてピントを合わせ始めた。彗の準備を待っている間、私は桜庭先生に聞きたいことを質問することにした。
「お天気お姉さんだったって本当ですか?」
別に、彗を信じていないわけではない。けれど、確かめてみたかった。先生の口から聞いてみたかった。
「さぁ、どうでしょう。」
先生は、濁して答えてくれなかった。
「ピント合ったよ。」
初めての望遠鏡。ドキドキしながら覗くと、そこにはとても綺麗な部分月食が映っていた。
「彩空、やばいよ。めっちゃ綺麗。」
みんなで、順番に望遠鏡を覗く。双眼鏡でも、部分月食を観測する。その時、ふと気がついた。望遠鏡を覗く桜庭先生は、とても美しかった。
「彩空、やばいよ。めっちゃかわいい。」
そっと、彩空に耳打ちする。彩空もその姿を見て、とてもはしゃいでいた。
窓枠に手を掛け、月を眺める。時々吹く風が気持ちいい。
「月が綺麗ですね。」
ふと、彩空にそんなことを言ってみた。本当は桜庭先生に伝えたいが、私にそんな勇気はない。
「なんて答えるのが正解なんだろうね。」
携帯でYESの返事を調べてみると、”月はずっと綺麗でしたよ”、”ずっと一緒に月を見てくれますか”など様々あることが分かった。中でも私たちのお気に入りは、”死んでもいいわ”だ。私たちの会話を聞いていた桜庭先生は、「いいね」と言って笑ってくれた。
ーかくとだに えやは伊吹の さしも草
さしも知らじな 燃ゆる思ひをー
「雨宮さん、それはどんな意味の句なの?」
桜庭先生が聞いてくる。実は、この句は藤原実方朝臣が読んだ句だが、先生に対する私の思いと通ずるところがある。それを悟られぬよう、私は答える。
「わたしは”こんなに愛している”とさえあなたに伝えることができずにいるのですから、ましてや伊吹山の燃えるようなさしも草ではないけれども、私の想いがそれほどまでに激しく燃えていると、あなたは知らないでしょう。」
「あはは。なんで急にその句が出てくるの。天体観測と全然関係ないじゃん。好きな子のこと、ふと思い出しちゃったの?」
桜庭先生に「あなたですよ」なんて言えるはずもなく、
「好きな人はいないけど、急にこの句が出てきちゃいました。」
私には、そう笑って濁すのが精一杯だった。
時刻は20時過ぎ。そろそろ片付けをしなければ。
「雨宮さん、川島さん、天文部入らない?」
天文部…。今は一年生だけで活動しているそうだ。しかも彗以外はみんな兼部していて、部活に来れないこともあるらしい。桜庭先生直々のお誘い。是非ともお受けしたいが…。
「入りたいのは山々なんですけど、先生もご存知の通りカルタ部に所属していて、毎日活動があるんです。あの、週1でもいいですか。たぶんそれなら、赤石先生も許してくれると思うんですけど。」
「全然週1でもいいよ。その代わり、しっかり赤石先生に許可はもらってね。」
こんなに嬉しいことがあるだろうか。週3回の授業のほかに週1回、桜庭先生に会えるなんて。2年生になると、地学の授業は無くなってしまう。本当は、担任とかになってほしいが来年以降も週1回でも会えるのは大きい。
「私も入ります。」
彩空も一緒に入ってくれるらしい。推しの近くにいれる。これから先の学校生活が一気に明るくなった瞬間だった。
「そういえば結局のところ、本当にお天気お姉さんだったんですか。」
ダメもとでもう一度聞いてみる。きっと今回も濁されて…
「そうだよ。まぁ、すんごい昔のことだけどね。1年で辞めちゃった。」
えっ。教えてもらえた。普通に嬉しい。でも待って、
「お天気お姉さんだったってことは、テレビにも出てたんですか?」
「うん、まぁ鹿児島のローカル番組だけどね。」
テレビで先生を見ることができたのか。羨ましい…。私たちが卒業してから、埼玉のテレビにも出てくれないだろうか。そうすれば、卒業後も毎日見れるのに。
「先生、なんで鹿児島なんですか。ここ埼玉ですよ?」
「あー、鹿児島出身なんだよね。色々あってこっち来たけど。鹿児島は桜島の影響で毎日火山灰が降るんだけど、気象予報士になればいち早く状況を知ることができるし研究もできるかなって思って。だから、気象予報士になったんだ。」
なんて、素敵な理由なんだろう。可愛い。好きなことを一生懸命頑張るのは、かっこいい。
先生のことをまた一つ知って少し近づいた後に見る月は、また一段と輝いていた。
「雨宮さん、何か今にぴったりの句ない?」
突然桜庭先生にお願いされて、少し焦る。今にぴったりの句。
ーかささぎの 渡せる橋に おく霜の
白きを見れば 夜ぞ更けにけるー
「この句は中納言家持によって作られました。七夕の夜は天の川にカササギが翼を広げて橋を作り、彦星・織姫の仲立ちをするというが、そのカササギが渡した橋に霜が降り積もっているように夜空は星で真っ白だ。それを見ていると、夜もすっかり更けたと思う。そんな意味が込められています。天の川は見えないけれど、綺麗な星がたくさん輝く空の下、まだ深夜ではないけれど、楽しくていつのまにかこんな時間になってしまった。そう思ってこの句を選びました。」
「とてもいい句だね。…てか、もうこんな時間か。急いで帰ろうか。」
その後、私たちは望遠鏡を地学室に片付けて帰ることにした。
そして、気がついたことがある。先生は服装のバリエーションが豊富だ。毎日、異なる服を着ている。しかも、その全てが似合っている。センスがいい。きっと、自分のことをきちんと理解しているのだろう。
「ねぇ、今日部分月食の観測を桜庭先生とやるんだけど、一緒にどう?」
突然、彗が話しかけてくる。そう言えば朝のニュースでも、夜の天気が良く久しぶりに綺麗な部分月食が見れると言っていた。
しかもそれを桜庭先生と見られる…。学校に残らないという選択肢はない。
「一緒に見たい。彩空も誘おう。」
私の学校に望遠鏡があったなんて、初めて知った。天文部なだけあって、彗は1人で望遠鏡をセットしてピントを合わせ始めた。彗の準備を待っている間、私は桜庭先生に聞きたいことを質問することにした。
「お天気お姉さんだったって本当ですか?」
別に、彗を信じていないわけではない。けれど、確かめてみたかった。先生の口から聞いてみたかった。
「さぁ、どうでしょう。」
先生は、濁して答えてくれなかった。
「ピント合ったよ。」
初めての望遠鏡。ドキドキしながら覗くと、そこにはとても綺麗な部分月食が映っていた。
「彩空、やばいよ。めっちゃ綺麗。」
みんなで、順番に望遠鏡を覗く。双眼鏡でも、部分月食を観測する。その時、ふと気がついた。望遠鏡を覗く桜庭先生は、とても美しかった。
「彩空、やばいよ。めっちゃかわいい。」
そっと、彩空に耳打ちする。彩空もその姿を見て、とてもはしゃいでいた。
窓枠に手を掛け、月を眺める。時々吹く風が気持ちいい。
「月が綺麗ですね。」
ふと、彩空にそんなことを言ってみた。本当は桜庭先生に伝えたいが、私にそんな勇気はない。
「なんて答えるのが正解なんだろうね。」
携帯でYESの返事を調べてみると、”月はずっと綺麗でしたよ”、”ずっと一緒に月を見てくれますか”など様々あることが分かった。中でも私たちのお気に入りは、”死んでもいいわ”だ。私たちの会話を聞いていた桜庭先生は、「いいね」と言って笑ってくれた。
ーかくとだに えやは伊吹の さしも草
さしも知らじな 燃ゆる思ひをー
「雨宮さん、それはどんな意味の句なの?」
桜庭先生が聞いてくる。実は、この句は藤原実方朝臣が読んだ句だが、先生に対する私の思いと通ずるところがある。それを悟られぬよう、私は答える。
「わたしは”こんなに愛している”とさえあなたに伝えることができずにいるのですから、ましてや伊吹山の燃えるようなさしも草ではないけれども、私の想いがそれほどまでに激しく燃えていると、あなたは知らないでしょう。」
「あはは。なんで急にその句が出てくるの。天体観測と全然関係ないじゃん。好きな子のこと、ふと思い出しちゃったの?」
桜庭先生に「あなたですよ」なんて言えるはずもなく、
「好きな人はいないけど、急にこの句が出てきちゃいました。」
私には、そう笑って濁すのが精一杯だった。
時刻は20時過ぎ。そろそろ片付けをしなければ。
「雨宮さん、川島さん、天文部入らない?」
天文部…。今は一年生だけで活動しているそうだ。しかも彗以外はみんな兼部していて、部活に来れないこともあるらしい。桜庭先生直々のお誘い。是非ともお受けしたいが…。
「入りたいのは山々なんですけど、先生もご存知の通りカルタ部に所属していて、毎日活動があるんです。あの、週1でもいいですか。たぶんそれなら、赤石先生も許してくれると思うんですけど。」
「全然週1でもいいよ。その代わり、しっかり赤石先生に許可はもらってね。」
こんなに嬉しいことがあるだろうか。週3回の授業のほかに週1回、桜庭先生に会えるなんて。2年生になると、地学の授業は無くなってしまう。本当は、担任とかになってほしいが来年以降も週1回でも会えるのは大きい。
「私も入ります。」
彩空も一緒に入ってくれるらしい。推しの近くにいれる。これから先の学校生活が一気に明るくなった瞬間だった。
「そういえば結局のところ、本当にお天気お姉さんだったんですか。」
ダメもとでもう一度聞いてみる。きっと今回も濁されて…
「そうだよ。まぁ、すんごい昔のことだけどね。1年で辞めちゃった。」
えっ。教えてもらえた。普通に嬉しい。でも待って、
「お天気お姉さんだったってことは、テレビにも出てたんですか?」
「うん、まぁ鹿児島のローカル番組だけどね。」
テレビで先生を見ることができたのか。羨ましい…。私たちが卒業してから、埼玉のテレビにも出てくれないだろうか。そうすれば、卒業後も毎日見れるのに。
「先生、なんで鹿児島なんですか。ここ埼玉ですよ?」
「あー、鹿児島出身なんだよね。色々あってこっち来たけど。鹿児島は桜島の影響で毎日火山灰が降るんだけど、気象予報士になればいち早く状況を知ることができるし研究もできるかなって思って。だから、気象予報士になったんだ。」
なんて、素敵な理由なんだろう。可愛い。好きなことを一生懸命頑張るのは、かっこいい。
先生のことをまた一つ知って少し近づいた後に見る月は、また一段と輝いていた。
「雨宮さん、何か今にぴったりの句ない?」
突然桜庭先生にお願いされて、少し焦る。今にぴったりの句。
ーかささぎの 渡せる橋に おく霜の
白きを見れば 夜ぞ更けにけるー
「この句は中納言家持によって作られました。七夕の夜は天の川にカササギが翼を広げて橋を作り、彦星・織姫の仲立ちをするというが、そのカササギが渡した橋に霜が降り積もっているように夜空は星で真っ白だ。それを見ていると、夜もすっかり更けたと思う。そんな意味が込められています。天の川は見えないけれど、綺麗な星がたくさん輝く空の下、まだ深夜ではないけれど、楽しくていつのまにかこんな時間になってしまった。そう思ってこの句を選びました。」
「とてもいい句だね。…てか、もうこんな時間か。急いで帰ろうか。」
その後、私たちは望遠鏡を地学室に片付けて帰ることにした。