瑠花も痛みを訴えながら、周りと同じように頭を押さえる。美織を抑えつけていた男たちもやはり同じで、今や床の上でのたうち回る状態だ。

そんな中、美織だけは違った。男たちから解放され、大きく息をつきながら、体を起こす。頭痛はなく、錫杖の音も不快にすら感じない。

まだ陽のある時間にも関わらず、板の間だけが徐々に薄暗くなっていく。生まれた暗がりに灯りをともすかのように鬼火が現れ、男たちが引きつった叫び声を上げる。

シャン、シャンと、どこか遠くで鳴り響いて音が、すぐ間近でシャンとはっきり鳴る。

ボロボロの戸口から見える廊下には、確かに何の姿もなかったはずなのに、まるで異次元から這い出てきたかのように、突然、戸口から狛犬に似通った大きな獣が二体姿を現した。

続けて、錫杖を持ち、袈裟を纏い、両目をつぶった僧の姿の者がひとり姿を現し、最後に、すらりと背の高く、般若の面をつけた和服姿の男が板の床を踏む。


「鬼だ……殺される」


美織を押さえつけていたうちの男のひとりが、般若の面をつけた長身の男に対し、顔を青ざめさせた。それに尚人が「怯むな!」と気丈な態度を取った。


「常世に住む者よ、現世に何用だ!」


それに答える義務などないと言うように、鬼はその場にいる者たちを無言で見回す。

面を通して目が合ったのを感じ取ると、みんな一様に体を強張らせるが、美織だけはただぼんやりと無感情のまま鬼を見つめ返した。

怖がっている様子のない美織に対して、鬼は面の下でわずかに口元を緩めた。


「小僧が持っている鬼灯の簪は、俺がかつて幼い娘に気まぐれにあげたものだ。ある賭けをしてな。十年、大切に扱えば、お前の勝ち。俺の霊力の欠片ごと簪をお前にやろう。逆に、傷ひとつでもつけてしまったら、俺の勝ち。その時は大人しく俺に食われろと」


鬼灯の簪が、元々は瑠花の物だと言うことは、周知の事実だったようで、美織以外の人々が動揺した様子で瑠花へと目を向ける。


「本音を言えば、もう少し肉が柔らかい稚児の頃に食いたかったが、まあ良い……賭けは俺の勝ちだ。この瞬間を、俺は心待ちにしていたぞ」


「ははは」と笑ってから、鬼は瑠花に向かって手を差し出した。瑠花は顔を真っ青にさせ、その場から動けない。


「どうした。これはお前の物なのだろう? それとも、長い間、俺の霊力を利用して私利私欲を満たしていたこの家の者が、賭けの結果も引き受けるか?」


婚約者である瑠花を差し出すか、天川家の人間を差し出すかという選択を突きつけられ、尚人は苛立った様子で自分の傍にいる瑠花へと話しかける。


「賭けの話など聞いていないぞ。どうして黙っていた!」


「それは」と瑠花は困った様子で口篭る。どうしてと問われても、実際、瑠花は賭けのことなど知らなかったからだ。