(いったい全体、何がどうなっているというの……?)
訳も分からぬまま夜を迎えた。
侍女達から身体を清められ、髪は椿油で潤し、今まで着たこともないような、絹で出来た襦を着せられた後、高級な翡翠色の上衣に梔子色の裙を身にまとい、透き通るような帔帛を肩にかけた。頭はじゃらじゃらとした金色の頭飾を乗せられ、首にはキラキラと輝く纓絡を飾られる。鏡で見る自分の姿は、まるで絵画の公女のようだ。
そうして、宦官たちに連れられて皇帝の寝所へと向かう。
(まさか、陛下がどこかで私を見初めたとか? そんな物語のような話があるはずないわね)
朱塗りの柱の間を抜け、しばらく歩いた後、陛下の部屋に辿り着いた頃には、月は中天にかかっていた。
ギシリ。
床が軋む音が響く。
白虎が描かれた大きな屏風の向こうへと足を踏み入れた。
ひんやりとした風が頬を嬲ってくる。
(あ……)
窓辺には、夜着をくつろげた格好のとても見目麗しい美青年が立っていた。
月夜に輝く銀糸のような白髪に目を奪われてしまう。
彼がこちらを振り返る。
トクン。
麗しい黄金の鋭い瞳と出会った。
キリリとした眉、すうっと通った鼻梁、薄い唇。
女性とも男性とも見紛うような、この世のものとは思えない美貌の持ち主――白焔帝がそこには立っていたのだ。
(なんだろう、この感じ、どこかで……)
なぜだか、幼馴染の少女の姿が重なって感じた。
(私ったら……白ちゃんとは性別が違うじゃない)
白焔帝が口を開く。
「南の街の高官の娘――金麗華だね」
「は、はい……! 左様にございます」
陛下に対して無礼がないようにと、両手を合わせて低頭する。
心なしか声が震えてしまった。
彼が獣のような軽やかな足取りで私の元へと近付いてくる。
そうして、優美な指で私の黒髪を掴んでくるではないか。
ふわり。
蘭の高貴な香りが鼻腔を突いてくる。
(あ……)
心臓がドクドクと跳ねる。
顔を上げても良いものだろうか?
迷いながらもノロノロと顔を上げた。
麗しい顔立ちの美青年がこちらを覗いてくる。
「麗華、僕はずっと貴女のことを――」
ずっと――?
心臓がドクンドクンと跳ね上がっていく。
彼の指が私の頬の輪郭をなぞる。
「……っ……」
頬が勝手に紅潮していく。
やけに色香の漂う仕草で触れてくるものだから、心臓がおかしな音を立てて落ち着かない。
(皇帝陛下の寝所に呼ばれた。それはつまり……)
夜に呼ばれたということは、子を成せということ。
けれども、どうして家格が低い自分を呼んだのだろうか――?
(女性に興味がわいてきたから、まずは身分の低い女性で試そうと考えたの……?)
いいや、そうではないだろう。
いくら男色家との噂があるとはいえ、いずれ後宮を持つ皇帝陛下には、子どもの頃から女性を悦ばせるための手練手管が教え込んであると言われているのだ。
疑問符がいっぱい飛び交う中、彼の方から答えを口にしてきた。
「着飾ることが好きな女性達が多いはずなのに、服の新調もしてこなければ、宝玉の類いも希望しない。兵法ばかり読んでいる不思議な少女がいるなと思ってね。そんな女性となら、話してみても良いかなって」
「え?」
「ああ、君は僕の奥さんという立場だけれど、見ての通り、僕って女性みたいな身なりをしていると思わない? だから、女友達ぐらいに思ってくれて良いよ」
「ええっと?」
「だから、君が嫌なら無理に僕の夜の相手は務めなくて良い」
「ええっ……!?」
思いがけない台詞を告げられ、私は驚いてしまう。
すると、相手がクスクスと笑いはじめた。
「あれ? 僕と何か期待していた?」
陛下は悪戯を思いついた少年のような笑顔を浮かべている。
「い、いいえっ……! 滅相もございません!!」
勘違いしていたのだと頬が真っ赤に染まっていくのが分かる。
すっと流麗な動きで離れた青年は、少しだけ離れた寝台へと腰掛ける。
「なかなか兵法のことが好きな女性は珍しい。私の周りにいる男達は頭が固い者が多い。この国のため、女性の君ならではの考えを聞かせてはくれないかな?」
「あ……」
つまるところ、国の先行きを話すための話し相手といったところだろうか――?
(男尊女卑が強い国だというのに……陛下は女性の意見を取り入れようとしてくれているの?)
今まで接したことがなかった彼の、国に対しての真摯な様を見て、麗華の心臓がドクンと跳ねる。
その日以降、彼の寝所に呼ばれて兵法を語り合うようになり、女友達のように談笑をする仲になったのだった。



