実母が私を生んですぐに亡くなったこともあり、父からは大事にされて育ってきた。
 けれど、数年後に父が後妻――私にとっての継母を娶ってから、生活は一変したのだ。
 言葉巧みに彼女は私の所持品を奪うと、自分の娘――私にとっては義妹に渡した。
 そうして、私のことはまるで奴隷か何かのように家事労働をさせて、こきつかってきたのだった。
 父は知ってか知らずか、なかなか助けてはくれない。
 まるで地獄のような日々を過ごしていたのだ。
 そんな中、近所に住んでいた幼馴染の少女だけが、私の心の拠り所だった。
 綺麗な綺麗な黒髪の持ち主で、上品で優しい自慢の少女――通称(しろ)ちゃん。
 けれど、数年前に彼女は後宮に行くと言って、大人たちにどこかに連れて行かれてしまった。

『麗華、必ず貴女を迎えに来る』

 そう言って数年が経つが、彼女が迎えに来ることはなかった。
 それもそうだ。
 だって、本当に後宮に行ったのだとしたら、女性が一度入ったら一生外に出ることは出来ない場所なのだから。
 再会するはずもなかったが、私はその約束を心の拠り所に生きて来た。
 そうして、成人を迎えて二年が経った頃、お触れが出て、国中の女性が後宮に集められることになった。
 陛下はとても良い皇帝のため嫁がせたいと思う高官たちも多かったけれども、男色家・不能だと評判であり、嫁がせたくないと思う家達は多かった。
 ある夜、父に呼び出されて、こう告げられる。

『麗華、私たちのために後宮へと行ってくれるか?』

 父の背後には継母が立っていた。
 継母は自身の娘を大層大事にしている。皇帝の評判はすこぶる良いものの男色家だとの噂もあったし、政争争いの渦中である後宮へと、実娘を送りたくなかったのだろう。
 そうして、継母に聴こえない音量で私に告げた。

『絶対にここよりも良い暮らしができるはずだ。だから……』

 ちらりと父の手を見ると、しわがれていた。
 とても申し訳なさそうにしている。
 老いた彼に心配はかけたくない。

『分かりました、お父様、私が参りますから』

 そうして、私は遠路はるばる後宮に送られたのだった。