ある夜のこと――。
「麗花、ねえ、僕に何か隠しごとをしてはいないだろうか?」
「え……?」
黄金の瞳に真っすぐに見つめられてしまい、私は思わず視線を逸らしながら、きゅっと胸元を掴んだ。
「それは……」
相手の瞳の前では、全てを見透かされたような気がしてしまう。
妃嬪達からの嫌がらせの数々を陛下に告げれば、もしかしたら止むかもしれない。だけれど、密告された彼女たちの行く末はどうなるのだろうか。
下手をしたら、陛下の寵姫を貶めた罪で死刑だってあり得るのだ。
けれども、彼女達だって生家の繁栄のために、陛下の寵を受けようと必死になり過ぎて、周りが見えなくなっているのかもしれない。
そんな女性達を貶めるような真似はしたくはなかった。
それに――何よりも――。
自分が、他の女性達に虐められるような劣った存在だと、陛下に知られるのも怖かったのだ。
(どうにかして隠さなきゃ……)
けれども――。
「貴女が妃達から虐められていること、私に報告が上がっている」
「あ……」
知られてしまった。
不安に駆られ、指先が震えはじめる。
彼の前では、兵法を嗜む知性ある女性に映っていたかもしれなかったのに……。
自分が価値のない存在だと、陛下に気付かれてしまったかもしれない。
多くの女性に虐められるような、ちっぽけな女なんて、もう相手にしない。
そんな風に陛下に思われたらと思うと、怖くて仕方がない。
その時――。
「麗華、すまなかった。貴女が一人で抱え込んでいることに気付いてあげられなくて……」
「あ……」
気づけば、私は陛下の腕の中にいた。
高貴な蘭の香りに包み込まれ、ふわふわとなんだか夢見心地だ。
彼の逞しい胸板に頬を押し当てられると、自然に涙が溢れてきた。
「ふっ……」
陛下の優しさに抱きしめられると、硬くなっていた心がどんどん雪解けの水のように溶けていくのを感じる。
頬をすり寄せられると、心臓がドキドキと跳ねて落ち着かない。
そうして――。
「麗華、君のことは大事な友だちだと思っているんだ」
「陛下……」
友だち。
初めて出来た友人の存在に、私の胸が高鳴っていく。
そんな中――。
「ねえ、だから、僕の頼みを聞いてほしい」
「陛下……?」
いったい何を頼まれるというのか――。
「君とずっと仲良くしていきたい。だから、僕の寵姫としての君の立場を確固たるものにしたい」
「え……?」
相手の真意を図りかねていると、陛下がそっと私の頬を両手で掴んでくる。
今まで女性のようだと、なぜ思っていたのだろうか――?
彼が男性だとまざまざと感じてしまう。
「……君のことを、ちゃんとした妃として迎えたい」
「あ……」
熱っぽい眼差しで射抜かれると、心が震えはじめる。
「子を孕みでもすれば、皇帝の子を孕んだ女性として、今よりも高い地位の妃にすることが出来る――君への嫌がらせは止むだろう」
「そんな……私には子どもを利用するような真似は出来かねます……」
「君なら、そう言うと思った」
「陛下……それに――」
私は唇をきゅっと噛み締めた。
「……子どもが不幸になるような事態には陥りたくはないのです。私はどうなっても構いません。けれども、もし、陛下の後ろ盾がなくなってしまったら、我が子はどうなってしまうというのでしょう。実の親でさえ子を虐げてくることがあるというのに……」
けれども、彼は私を離してはくれない。
それどころか、彼の正面を向けさせられると、こう告げられた。
「遅かれ早かれ、私は子を成さねばならない。それならば、他の狐のような女達よりも――子の母親は友達の君の方が良い――そうして、私は絶対に君たちを不幸な母子にはしない、ね?」
彼の言葉がすうっと胸に染みこんでいく。
身体中が火照って仕方がなくなっていく。
しばらく二人の間に沈黙が流れる。
「陛下……」
「麗華」
そのまま寝台へと雪崩混む。
熱のこもった眼差しに射貫かれる。
彼の手が私の襦へとゆっくりと伸びてきた。
彼に身体を任せる。
その夜――私たちは夫婦として結ばれたのだった。