荘厳たる王宮殿の一角。
静寂を背負い、多くの官吏と民衆の見守る中、金箔の鳳凰紋が美しい深紅の紅円衫を身に纏った女が歩いていた。
宮殿へと続く階段の上、両脇を女官に支えられながら一段一段ゆっくりと登っていく。
頭は編んだ髪を幾重にも重ねたオヨモリに仕上げられ、左右と天辺にはトルジャムという揺れる装飾の施された髪飾りが添えられていて、一歩踏み出すたびにシャランシャランと揺れては耳に心地良い音を奏でていた。
重たい頭と、大礼服以上に、彼女の肩には果てしない重責が乗っている。
(今日から国母になるのよ、私は…)
ともすれば折れそうになる心を奮い立たせて、階段を登り切ると、その先には、彼女の緊張と不安を全て包み込むような笑顔を浮かべてこちらを見つめる男の姿があった。
この男は、大楊国第28代国王・名をイ・ソジュンという。
「王様」
その笑みに安堵して近づく彼女に、王は目を細める。
「余の妃は、まこと美しい」
「からかわないでください」
差し出された手を取り、横に並べば、眼下には人の海が見えた。
「王妃、パク・ソアーーーー」
王妃の名が、官吏により叫ばれると、歓声が沸き起こる。
「これが、余の、そしてそなたの民たちだ」
全ての者たちが、並ぶ二人を仰ぎ見ている。
止まない歓声と、その迫力に圧倒され、大礼服の下で全身に鳥肌が走る。それを知ってか知らずか、王の握る手に力が込められた。
見やれば、彼女が愛してやまない優しい夫の目があった。
「大丈夫だ。余は、そなたを信じている」
「はい、王様」
「我が王妃、ソア。国母として民の手本となれ」
「ーーーありがたき幸せにございます、王様」
沸き起こる万歳の声の中、二人は互いに見つめ合い、目を細めて微笑んだ。
これは、不幸な道を歩んできた下女が、王からの寵愛を受けて王妃にまで昇りつめる物語ーーーーー