夢の中で身体中が熱く疼いている。触れられたところから熱を発しているようで心地良い気持ちになる。
手を伸ばせば、その手を握って指を絡めてくれる者がいた。声を出そうとすれば、柔らかな唇で塞がれる。彼氏よりも優しく、華蓮を気遣うような口付けだった。
その相手に縋るように華蓮は腕を回すと、同じように背中に腕を回される。熱を帯びた力強い腕だった。
妙にリアルな夢だと思いつつ、揺蕩うような微睡みに華蓮は身を委ねたのだった――。
華蓮がそっと目を開けると、どこかの和室に寝かされていた。昨夜の内に雨は晴れたようで、気持ちの良い朝陽が障子の隙間から室内を照らしていた。
(ここは……)
身体を動かそうとした華蓮だったが身体中を痺れるような感覚がしてその場で固まってしまう。身体に力が入らず、特に下腹部の痛みが酷かった。
異物が入った時のような不快感さえしてそっと下を見ると、身体は何も纏っておらず、生まれたままの姿で布団の中で横になっていたのであった。
「んっ……」
耳元で聞こえてきた声で振り返ると、そこには昨夜の男が華蓮を抱き締める様に眠っていた。その男も裸であった。
華蓮と男、二人して裸体で寝ていたのであった。
(えっ……)
裸の男女、という単語が思い浮かび、華蓮の身体から血の気が引いていく。昨晩気を失った後に何があったのか嫌な想像を巡らせていると、長い睫毛に飾られた男の両目が開く。
「もう起きたのか?」
掠れ声で問い掛けてくる男に答えられずにいると、男は寝ぼけ眼のまま華蓮を抱き寄せて顔を近づける。華蓮の額に自らの額を当てると、男は安堵の息を漏らしたのだった。
「熱は下がったようだな。……良かった」
男の急な行動に高鳴る胸を押さえながら、華蓮は「熱?」と小声で尋ねる。
「昨日腕を掴んだ時に発熱していることに気付いた。慌てて後を追いかけたら意識を失って倒れたんだ」
意識を失う直前のことを思い出す。男に追い詰められた後、その場で意識を失ったような気がしたが、どうやら熱を出していたことによるものらしい。額に口付けられたのは熱にうなされて見た幻覚だったのだろう。身体の痺れも熱によるものに違いない。
「そうでしたか……」
お礼を言おうとした時、障子に人影が写った。
「兄さん、起きた? 二人の着替えと朝餉の用意が出来たよ。入ってもいい?」
「いいぞ」
男が合図すると、障子が開いて犬のような黒毛の耳と尻尾を生やした女性が入ってくる。男と同じ濡羽色の長い髪に黄緑色の小袖、穏やかな表情を浮かべた柔和な顔立ちに華蓮の緊張がほぐれたのだった。
「良かった~。昨日の子も顔色が良さそう。これなら沐浴は無理でも身体を拭くくらいは出来そうだね」
「お前に任せていいか。雪起。俺は汗を流してくる」
「え……。う、うん。分かった」
雪起と呼ばれた女性が戸惑い気味に返事をすると、男は華蓮から離れて起き上がる。一糸纏わぬ男の身体から目を逸らしている間に、男は雪起から着替えを受け取ると部屋を後にしたのだった。
その場に残された華蓮だったが、雪起に背中から肌襦袢を掛けられると促される。
「気分はどう? どこか具合が悪いとかない?」
「特にはありません」
「着替え持って来ているんだけど和服なんだ。着方は分かる?」
華蓮が頭を振ると、雪起は一瞬驚いた後にすぐに表情を戻す。雪起が着付けをしてくれることになり、和服を取りに部屋を出ている間、華蓮は布団から出て肌襦袢に袖を通してみる。すると、鎖骨の辺りに雷花のような形をした大きな赤い痣が出来ていることに気づいたのだった。
(なんだろう。この痣……)
昨晩転んだ時に出来たのかと考えながら、どうにか肌襦袢を身につけたところで雪起が戻って来る。
「妹のお下がりだから子供っぽい色で気に入らないかもしれないけど……」
そう言いながら持って来た桜色の紬を広げた雪起だったが、華蓮の姿を見て「あっ!」と声を漏らしたのだった。
「その胸元の痣、どうしたの?」
雪起に指摘されて下を見る。しっかり合わせたつもりだったが、衿元が開いて花の形をした痣が露わになっていた。
「分からないんです。私も今気づいて……」
話している内に雪起の顔が真っ赤に染まったので、不安になった華蓮の言葉尻も小さくなっていく。雪起は真顔になると、華蓮の両肩を掴んでじっと見つめてきたのであった。
「もしかして……兄さんと同衾したの?」
「ど、同衾!? いえ、そんなはずは……」
「でもね。その痣はわたしたちと関係を持たないと出来ないはずなんだ。つまり兄さんとその……性交しなければ」
「ま、まさかそんなことは……」
否定をしようと口を開いた華蓮だったが、昨夜の夢を思い出して何も言えなくなる。
夢にしてははっきりと内容を覚えており、握られた手だけではなく、触れられた唇も重なった熱さえも何もかも身体が覚えていた。
何よりも決定的なのが下腹部の鋭い痛みだった。経験がない華蓮でも知っている。初めて交わった後は異物が入ったかのように身体が痛むのだと――。
華蓮の顔が真っ青になったので、雪起も察してくれたらしい。肩から手を離すと、目を逸らしたのだった。
「やっぱり最初に身体を拭こうか。それとも下だけでも流す……?」
華蓮がショックで放心している間に、雪起は部屋を出るとすぐにお湯が入った桶と手拭いを持って来てくれる。慣れた手付きで身体を拭くと、桜色の紬を着せてくれたのだった。
「湯殿に行こうか。そろそろ兄さんも出ている頃だろうし。軽く流すだけでも気分は少し軽くなると思うから……」
雪起に手を引かれて部屋を出た華蓮だったが、廊下に出たところで先程の男が壁に寄り掛かっていた。紺色の紬を着て髪が湿っているところから湯を浴びてきたのだろう。華蓮たちの話を聞いていたのか、苦虫を嚙み潰したような顔をしていたのだった。
咄嗟に華蓮が雪起の後ろに隠れると、華蓮を庇うように雪起は怒気を露わにする。
「兄さん! 病人の寝込みを襲うなんて酷い! 最低!」
「俺だって抱くつもりはなかったさ。これ以上身体が冷えないように服を脱がせて、温めるつもりで俺も脱いで共に寝た。……本当に『犬神使い』か確かめるつもりで少し触れるつもりだった。まさかここまで相性が良く、何よりも快感を覚えるとは思わなかった」
「えっ! そうだったの? 君って『犬神使い』だったの?」
二人から注目を集めた華蓮だったが、何も心当たりがない以前に衝撃で目の前が真っ暗になっていった。
(夢じゃなかったんだ。やっぱり抱かれたんだ。見ず知らずの人に……)
そのまま身体から力が抜けると、華蓮は卒倒したのであった。
手を伸ばせば、その手を握って指を絡めてくれる者がいた。声を出そうとすれば、柔らかな唇で塞がれる。彼氏よりも優しく、華蓮を気遣うような口付けだった。
その相手に縋るように華蓮は腕を回すと、同じように背中に腕を回される。熱を帯びた力強い腕だった。
妙にリアルな夢だと思いつつ、揺蕩うような微睡みに華蓮は身を委ねたのだった――。
華蓮がそっと目を開けると、どこかの和室に寝かされていた。昨夜の内に雨は晴れたようで、気持ちの良い朝陽が障子の隙間から室内を照らしていた。
(ここは……)
身体を動かそうとした華蓮だったが身体中を痺れるような感覚がしてその場で固まってしまう。身体に力が入らず、特に下腹部の痛みが酷かった。
異物が入った時のような不快感さえしてそっと下を見ると、身体は何も纏っておらず、生まれたままの姿で布団の中で横になっていたのであった。
「んっ……」
耳元で聞こえてきた声で振り返ると、そこには昨夜の男が華蓮を抱き締める様に眠っていた。その男も裸であった。
華蓮と男、二人して裸体で寝ていたのであった。
(えっ……)
裸の男女、という単語が思い浮かび、華蓮の身体から血の気が引いていく。昨晩気を失った後に何があったのか嫌な想像を巡らせていると、長い睫毛に飾られた男の両目が開く。
「もう起きたのか?」
掠れ声で問い掛けてくる男に答えられずにいると、男は寝ぼけ眼のまま華蓮を抱き寄せて顔を近づける。華蓮の額に自らの額を当てると、男は安堵の息を漏らしたのだった。
「熱は下がったようだな。……良かった」
男の急な行動に高鳴る胸を押さえながら、華蓮は「熱?」と小声で尋ねる。
「昨日腕を掴んだ時に発熱していることに気付いた。慌てて後を追いかけたら意識を失って倒れたんだ」
意識を失う直前のことを思い出す。男に追い詰められた後、その場で意識を失ったような気がしたが、どうやら熱を出していたことによるものらしい。額に口付けられたのは熱にうなされて見た幻覚だったのだろう。身体の痺れも熱によるものに違いない。
「そうでしたか……」
お礼を言おうとした時、障子に人影が写った。
「兄さん、起きた? 二人の着替えと朝餉の用意が出来たよ。入ってもいい?」
「いいぞ」
男が合図すると、障子が開いて犬のような黒毛の耳と尻尾を生やした女性が入ってくる。男と同じ濡羽色の長い髪に黄緑色の小袖、穏やかな表情を浮かべた柔和な顔立ちに華蓮の緊張がほぐれたのだった。
「良かった~。昨日の子も顔色が良さそう。これなら沐浴は無理でも身体を拭くくらいは出来そうだね」
「お前に任せていいか。雪起。俺は汗を流してくる」
「え……。う、うん。分かった」
雪起と呼ばれた女性が戸惑い気味に返事をすると、男は華蓮から離れて起き上がる。一糸纏わぬ男の身体から目を逸らしている間に、男は雪起から着替えを受け取ると部屋を後にしたのだった。
その場に残された華蓮だったが、雪起に背中から肌襦袢を掛けられると促される。
「気分はどう? どこか具合が悪いとかない?」
「特にはありません」
「着替え持って来ているんだけど和服なんだ。着方は分かる?」
華蓮が頭を振ると、雪起は一瞬驚いた後にすぐに表情を戻す。雪起が着付けをしてくれることになり、和服を取りに部屋を出ている間、華蓮は布団から出て肌襦袢に袖を通してみる。すると、鎖骨の辺りに雷花のような形をした大きな赤い痣が出来ていることに気づいたのだった。
(なんだろう。この痣……)
昨晩転んだ時に出来たのかと考えながら、どうにか肌襦袢を身につけたところで雪起が戻って来る。
「妹のお下がりだから子供っぽい色で気に入らないかもしれないけど……」
そう言いながら持って来た桜色の紬を広げた雪起だったが、華蓮の姿を見て「あっ!」と声を漏らしたのだった。
「その胸元の痣、どうしたの?」
雪起に指摘されて下を見る。しっかり合わせたつもりだったが、衿元が開いて花の形をした痣が露わになっていた。
「分からないんです。私も今気づいて……」
話している内に雪起の顔が真っ赤に染まったので、不安になった華蓮の言葉尻も小さくなっていく。雪起は真顔になると、華蓮の両肩を掴んでじっと見つめてきたのであった。
「もしかして……兄さんと同衾したの?」
「ど、同衾!? いえ、そんなはずは……」
「でもね。その痣はわたしたちと関係を持たないと出来ないはずなんだ。つまり兄さんとその……性交しなければ」
「ま、まさかそんなことは……」
否定をしようと口を開いた華蓮だったが、昨夜の夢を思い出して何も言えなくなる。
夢にしてははっきりと内容を覚えており、握られた手だけではなく、触れられた唇も重なった熱さえも何もかも身体が覚えていた。
何よりも決定的なのが下腹部の鋭い痛みだった。経験がない華蓮でも知っている。初めて交わった後は異物が入ったかのように身体が痛むのだと――。
華蓮の顔が真っ青になったので、雪起も察してくれたらしい。肩から手を離すと、目を逸らしたのだった。
「やっぱり最初に身体を拭こうか。それとも下だけでも流す……?」
華蓮がショックで放心している間に、雪起は部屋を出るとすぐにお湯が入った桶と手拭いを持って来てくれる。慣れた手付きで身体を拭くと、桜色の紬を着せてくれたのだった。
「湯殿に行こうか。そろそろ兄さんも出ている頃だろうし。軽く流すだけでも気分は少し軽くなると思うから……」
雪起に手を引かれて部屋を出た華蓮だったが、廊下に出たところで先程の男が壁に寄り掛かっていた。紺色の紬を着て髪が湿っているところから湯を浴びてきたのだろう。華蓮たちの話を聞いていたのか、苦虫を嚙み潰したような顔をしていたのだった。
咄嗟に華蓮が雪起の後ろに隠れると、華蓮を庇うように雪起は怒気を露わにする。
「兄さん! 病人の寝込みを襲うなんて酷い! 最低!」
「俺だって抱くつもりはなかったさ。これ以上身体が冷えないように服を脱がせて、温めるつもりで俺も脱いで共に寝た。……本当に『犬神使い』か確かめるつもりで少し触れるつもりだった。まさかここまで相性が良く、何よりも快感を覚えるとは思わなかった」
「えっ! そうだったの? 君って『犬神使い』だったの?」
二人から注目を集めた華蓮だったが、何も心当たりがない以前に衝撃で目の前が真っ暗になっていった。
(夢じゃなかったんだ。やっぱり抱かれたんだ。見ず知らずの人に……)
そのまま身体から力が抜けると、華蓮は卒倒したのであった。