「ただいまー」

「満っ!一体どこをほっつき歩いていたの?」

台所から、母親が振り返ると、眉間に皺を寄せて、イラついたように菜箸をキッチンの端にカチカチと叩きつけている。

「うるさいな!いちいち、僕に干渉するなよ!」  

どいつ(先生)こいつ(母親)もうるさい。

僕には、タナトスが憑いている。

もうこの世で、僕の手に入らないモノも、思い通りにならないコトも、何一つないのだ。

「先生から、お電話頂いたのよ!満が、宿題もしてこなければ、学校をサボって、恋人とフラフラ歩いて居るのを見かけた子もいるそうね。一体どうしちゃったのっ!」

「うるせぇ!消えろ、ババア!」

(ーーーーしまった!!)

僕は、慌てて口を掌で覆っていた。

だが、その瞬間、背筋が氷のようにスッと冷たくなってて、僕の足元の影が、ブクブクと膨らんでいく。

そして、目の前の母親の体は、不自然にふわりと浮くと、そのままベランダから、落下した。

「あ……あ……嘘だろ……」

僕の住んでいるマンションは、6階だ。6階から人が真っ逆さまに堕ちたら、どうなるかなんて、考えるまでもない。

『ん?満どうした?お前が、消えろと言ったから、削除してやった。願いは叶えたぞ。それなのに、満?何故、そんな顔をするんだ?』

タナトスは、三日月型の鎌を背負いながら、いつものように冷徹で美しい笑みを僕に向けている。

「く……来るなっ!」

『何、言ってるんだ?俺たちは一心同体だ』

「やめろ!僕は……母さんを消して欲しいなんて、望んでなかった……」

気づけば、鼻水と涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔を、袖で雑に拭いながら、タナトスを見上げた。

「僕からっ……僕から離れろっ!」

タナトスは、長身を屈めながら、震えた僕を覗き込むと、馬鹿にしたようにクスリと笑う。