きっと出逢うべき人がいて。
きっと果たすべき約束があって。
どこで誰と交わしたのか、そんなことは分からないのに。
わたしはずっと、その奇跡を知っている。
真っ黒な世界を変えてしまう、たったひとつの特別な光を、いつだって探している。
*・*
さらりと風が吹き、流れるように髪がさらわれていった。
高校の入学式翌日。
まだクラスメイトの顔と名前が一致せず、慣れない制服に身を包んでいる、そんな日の放課後。
わたしは、海が見える屋上で、ある男子と対面していた。
「……あの、わたしに何か用ですか」
身構えながら問いかけると、フェンスに身を預けていた彼は、ゆっくりと身体を起こした。
細い黒髪が光に溶けて、淡く輝きだす。
「……お前さ」
初対面にも関わらずこうして屋上に呼び出し、挙句の果てにお前呼びまでしてくる彼は一体何者なのだろう。
人生一度きりの高校生活初の放課後を、こんなことに使ってしまったわたしの身にもなってほしい。
そんなことを考えていると上から、
「おい」
と低い声が降ってきた。
変な人に目をつけられてしまった、と心の中でため息を吐く。
そのまま静かに待っていると、少しの静寂のあと、言葉が落とされた。
「前向けよ」
顔を上げろ、ということだろうか。彼の声からは、隠しきれない不満が滲み出ていた。
どうして怒られなければいけないのだろう。
うつむきたくなる気持ちだって、少しは分かるでしょ。わたしの態度が気になるのなら、いちいち話しかけてこないで。
そんな言葉が渦巻くけれど、出すわけにはいかないと必死に呑み込んだ。
「あの……何か」
相手の意図がわからなくて、躊躇いがちに訊ねる。
その瞬間、彼の顔がますます歪み、眉間には深くしわが刻まれた。
……いったい何なんだ、この人は。
わたしたちは初対面なのだから、わたしが彼にぞんざいに扱われる理由も、わざわざ話を聞く義務もないはずだ。
内面を詳しく知らなくても、現段階で既に彼への好感度は低い。
普段なら心地よいはずの春風も、今はぬるくて苛立ちが募る。
じっと見つめていると、彼もわたしをまっすぐに見つめ返した。
────息を呑むほど綺麗な瞳だった。
「……わたし……っ」
────この瞳を、彼の色を、知っている。
何の根拠もなく、唐突にそう思った。
断片的な記憶が蘇るように。ぼんやりとしていて、だけど確かなものが何か、わたしの中に流れ込んでくる。
何かを知らせるように、心臓が鼓動を速めていく。
(わたしは何を忘れてる?)
大切な、特別な何かを、わたしはずっと昔から探し続けている。
じっとこちらに向けられた瞳は、何を考えているか分からないほど、怖いくらいに澄んでいた。
鮮やかな光が彼を照らし、硝子玉のような瞳の中に、鮮烈な赤が混ざる。
「……お前」
二度目のお前呼びには、もう違和感を感じなかった。
一度目で慣れてしまったのか、それとも彼の不思議な瞳にとらわれてしまったのか。
そんなことをひとつずつ確かめている時間などないまま、彼の薄い唇が言葉を紡ぐ。
「────俺のこと好きになるよ」
止まっていた時間の歯車が、今再び動きだす音がした。
眩さに目を細める黄昏時。
これが、すべての始まりだった。