走らせる車から見える景色は、少しずつ見慣れた景色に変わっていく。壱成さんの家は、最寄り駅から見て、真逆にあったようで。


「あんたが家族を好きなのも、限界なのも分かっている。…今、飯が食えないことも」


もう少しで私の家に到着しそうになった時、壱成さんが片手でハンドルを持ちながら呟いた。


「好きでも、別々に暮らした方がいいんじゃないかって、思わないわけじゃない」

「……分かっています」

「勘違いしないでくれ、家族を好きなあんたの気持ちは、分かってる」

「はい、だから今送って下さっているんでしょう?」

「……あんたのその体を見れば、正直帰らせたくない。送らない方がいいんじゃないかって思ってる。けどそれはあんたが望んでない」

「……壱成さん、私は本当に家族が好きです、それでも離れたい気持ちはあります」

「ああ、だから佳加が卒業すれば家を出る話が出ていたんだろう?」

「両親は今、私には何もしません。ただ私が何かされているのではないかと、怖いんです」

「あんたは、」

「……」

「家を出る、という覚悟はあるか?」


家を出る……?
……覚悟?


「あんたに手を出すなと、あんたの親に暴力で従わせることはできる。でもそれはあんたが望んでない。だからあんたが家を出ることが一番だと考えてる。佳加が卒業したらあんたを連れて家を出るつもりのように」

「……はい」

「今はあんたの親は何もしてこないが、いつどうなるか分からない。あんたの食事のこともあるし、すぐにでも家を出た方がいいと、思ってる」

「……」

「それでも学校は大切だし、あんたは頭がいいから、──学校を辞めると言っていたが、あんたの本心は辞めたいのか聞かせて欲しい」

辞める……。
私の本心は……。
勉強はもう、したくないという気持ちはある。それでも友達に会えるのは楽しい。

それでも……。


「……このまま変わらないまま、両親といるより、私は家を出たい……」

「うん」

「だけど、友達と離れるのは嫌で……、」

「ああ」

「壱成さん、」

「うん?」

「私は普通の家庭で、普通に過ごしたいです」

「うん」

「家族4人で、ご飯美味しいなって…。でももうそれは敵わない事だと分かってます」

「うん」

「今度は私が、大好きな両親を拒絶しているから…」

「…」

「家を出るのは1年後ではなく、兄は、もう大丈夫だと、自由だからと、あと数年家にいて、私が高校の卒業をできてから家を出るのだと思います……両親のことは様子見と言っていました。兄は高校の卒業はした方がいいと思っているのかもしれません」

「そうか」

「けど、もう、怖いです……」

「うん」

「母がキッチンにいたり、父が不機嫌になると、──……怖い」


壱成さんは深く頷く。


「俺も、卒業はした方がいいと思う──、けどそれはあんたの思い出作りとして、」

「……」

「それでも卒業までのあと2年間、正確に言えば2年間と数ヶ月、あんたが、あんたの親といれば壊れてしまう」


壊れてしまう……。


「佳乃?」

「……はい?」

「あんたが良ければ、」


私が良ければ?


「一つの案で」


一つの案?


「一緒に暮らさないか?」


一緒に……?
壱成さんの言っている意味が、分からず。


「次の冬が終われば、もう俺も卒業になる。働ける。俺が学校に──」

「ま、待ってください!」


壱成さんの言葉を遮り、私は戸惑いながら声を出した。だって、そんな、一緒に住むだなんて。


「い、一緒に、住むなんて……、働けるって、私を養うってことですか?」

「一つの案だ」

「だ、だめだすそんなの」

「案として頭の中に入れててくれ」

「だめです、それは、両親も許しません…」

「そうだろうな」

「……その案はだめです」


壱成さんが、私を養う……。
私が家を出て、壱成さんと暮らす。
暮らしたまま、私は学校に通う。
そんな案……。


「俺はこれからも、あんたと離れる気は無い」

「壱成さん…」

「一緒に暮らそう、佳乃」