次の舞踏会の夜は新月の夜だった。

宿舎を出るころには西の空がピンクと金色で染まり、絵の具でグラデーションを掛けたような藍や黒の東の闇には細かい星が瞬いていた。
馬車が会場に着く頃には太陽はその光の欠片も残さず姿を消し、人々の談笑のさざめきがシャンデリアの灯りの中から聞こえるだけだった。
リンファスはプルネルとお揃いのリボンを顔の横で結び、プルネルが選んでくれた水色のドレスを着て彼女と一緒に会場に入った。

前回と同じように既に参加者は集まっており、リンファスたちは今回もどちらかというと遅めの到着だった。
理由はある。部屋で着てみた水色のドレスが似合わないと思ったからだ。

リンファスはこの日もケイトと一緒に館の仕事をしていた。その時に一階へ降りてきて馬車の待つ玄関へ向かっていく乙女たちを見ていたのだ。
どの少女もドレス姿がとても似合っていて、あんな風になれるのなら、思い切ってドレスを仕立てて良かったと思ったのだ。
しかし仕事を終え、部屋で着替えてみると、鏡に映ったリンファスはとてもドレスが似合っているとは言い難かった。
他の乙女たちと比べると血色も悪く、またやせぎすな体型がリンファスからドレスを浮つかせていた。はっきり言って似合っていない。

……いや、他のドレスを着るよりはいいのだろう。サイズは合っているし膨らんでいない胸もカバーされている。
ルロワが言うようにウエストを絞りスカートにはふくらみが持たせてあるおかげで、腰回りが貧相であることも分からない。
ルロワは優秀な仕立て屋だったのだということがこのドレスを着てみても分かる。

しかも更に問題は、リンファスがこれまでに『ドレス』というものを着た経験がないことにあった。

もともとウエルトの村で農民として働いていたリンファスの振る舞いが、ドレスを捌く所作に向いていないのだ。
歩幅は大きく、歩く速度もリンファスは常に仕事に追われているので速い。
仕草も大きく、掃除や馬の世話、荷馬車の繋ぎ替えなどの仕事をしている限りは気にならなかった動作が、ドレスを着ている状態には似合わない。

衣装と動作がちぐはぐだった。
自分の部屋で歩いてみたり、他の乙女たちのようにくるりと回ってみただけで、その粗が分かったリンファスは、ドレスを止めたい、この前と同じようにワンピースで参加したい、とプルネルに泣きついた。

そんなリンファスにプルネルはドレスを着るときの基本の所作を教えてくれた。
立つときは背筋を伸ばし、肘をやや引き甲骨を寄せることを意識する。
人との挨拶の時のお辞儀は腰から折って。歩幅はやはり小さめにしてゆっくり歩くことで自分が落ち着ける気持ちのゆとりを持つと良い、と。

「着るもので気持ちも変わるの。
マナーの為もあるけど、花乙女としての気持ちを持つためにもドレスは必要だわ。
誰にも最初はあるのよ。そんなに怖がらないで」

プルネルは最後にリンファスの髪に一緒に買ったリボンを結んでくれた。プルネルのあたたかい友情にただただ感謝した。



そんなわけで、今回も遅れて会場に入ったリンファスたちに挨拶してくれるイヴラが居た。アキムとルドヴィックだった。