部屋の窓から星空が見えていた。そんなことに気付くのも初めてで、そのことにやや興奮しながら、リンファスはハンナが寝ている部屋をそっと抜け出す。
既に深夜の時間帯になっており、廊下には人がまばらに居るだけだった。
玄関を抜け、ひらけた視界には、リンファスたちが今日来た街道と、平原に広がる其処此処にそびえる樹々、そして天頂は満天の星空だった。
(……凄いわ……、こんなにいっぱいの光の粒……。私、どうして今まで、これに気付かなかったのかしら……)
思えばあの村に暮らして、上を見上げるという事をしたことがなかったのだと気付く。
ファトマルに不景気な顔を見せるなときつく言われたし、村人からは視線が合うのも厭われていて、俯くことが当たり前になっていた。
今、夜空を仰いで、若干首の後ろに違和感を覚える。それだけの間、リンファスは俯いて過ごしてきたのだった。
さあ、と風が流れる。ザザ、と梢の葉が揺れ、ここがあの狭くて薄暗いリンファスの家ではないことを、自然は感覚をもってリンファスに知らしめていた。
ザザ、ザッ、ザザッ。
不意に、梢が揺れる音に混じって、不協和音が聞こえた。夜なのに鳥でも飛び立ったのだろうかと梢の方を見上げると、いきなり背後から口を塞がれた。
「っ!?」
急なことに驚いていると、背後でひそめられた声が叫ぶのが聞こえた。
「やっぱり白いぞ! 花乙女だ!」
背後の声の主(声で分かる。男だ)が誰かに話し掛けると、声の主がリンファスを肩に担ぎ上げようとする。
声の主は、どすん、と腹に拳を打つと、リンファスの声を封じ、そのまま体を持ち上げられて、ふわっと足元がおぼつかなくなった、その時。