「おい見ろよ、母ゴリラって本当だったんだな」

夏休みの最終週末、珍しいものでも見るように駿介が指差した方向を見て、俺は、口があんぐりと開いた。

これでもかと鍛え上げられて、盛り上がった胸筋に、岩のような上腕二頭筋をもつ、そのガタイの良い人物は、鼻息荒くこちらに一直線に向かってきている。

背中には、ほぼその肉体と同じ質量のリュックサックが張り付くように背負われていた。

「嘘だろ?」

「ゴリラに事情聴取だな」

めんどくさげに駿介が、頭の後ろに両手を組んだ。

「一体どうなってんだ?」

俺達が視線を奪われたのは、谷口先輩の右手に握りしめられた小さな掌だった。


「待たせたな!悪いが今日の合宿は、子守も兼ねている!ご挨拶しなさい?」

「モモだよん」

谷口先輩から、ぱっと手を離すと、ぴょこんと飛び跳ねながら、小さな女の子が挨拶をした。

七歳、位だろうか。肩で切り揃えられた黒髪で、赤いワンピースを着ている。目は谷口先輩と同じくっきりとした二重瞼だか、可愛らしい小さめの鼻と口がバランスよく配置された、愛らしいという言葉がぴったりの容貌だった。

「バナナじゃなくて良かったね」、と駿介が俺にだけ聞こえる声で宙に向かって呟いた。

険のある言い方に思わず、駿介に訊ねた。

「苦手か?子供?」

「てゆーか嫌いなんだよ、手かかるし、うるさいしさ」

嫌悪感を露わにした駿介が、心底面倒臭そうに答えた。