「あ、春宮彰、谷口先輩来たよ」

ジャージに笛を、ぶら下げた愛子が、池の入り口を指差した。

谷口先輩は、鼻息荒くやってくると、大きなリュックサックをドサッと地面に置いた。

「悪い、待たせたな」

「それ、何はいってんすか?」

谷口先輩は、ニヤリも笑うと、俺の背中を目一杯叩いた。

「痛ってー!!」

「彰、焦りは禁物だ、これはあとで見せてやるからな、ガハハハッ」

俺は唾を腕で拭きながら、顔を顰めた。

谷口先輩は、腰に手を当てると、肝試し兼筋力トレーニングの説明をしていく。

「まず、たぬき池は外周で約2.5キロだ。お前らは、それぞれ、愛子君と砂月君を、抱えてもらう。途中きつかったら、歩いてもいいし、止まってもいいが、おぶるのをやめてはいけない。時間制限なしだ」

「わかりましたっ」

「了解ですっ」

俺と駿介は、谷口先輩が足先で、地面に引いた線の上に並ぶ。

「砂月、はい」

俺が屈むと、砂月の華奢な身体が、俺の背中にふわりと、預けられる。

立ち上がると同時に、鼻を掠める、甘い髪の匂いに、心臓が跳ねた。

「彰?重くない?」

「大丈夫……だけど」

「だけど?」

不安そうな砂月の声が、耳元にかかって、顔が熱い。 

「落っこちんなよ、そんだけっ」

(甘い髪の匂いと、背中にあたる砂月の胸のことなんか言えるかよっ)