「タイムは?愛子くんからお願いしよう」

「三浦駿介、5.88秒」

愛子が.綺麗な顔で眉一つ動かす事なく、無機質に読み上げる。

「では、砂月くん」

「あ、はい。春宮彰、5.89秒」

「よっしゃーー!」

 普段あまり感情を出さない駿介が、声を上げた。  

「おおおお!!!二人とも素晴らしい!素晴らしすぎるぞ!!5.9秒をきってくるとは!!全国大会も夢じゃないな!ガハハハ」

 谷口先輩のバカデカい声も.笑い声もなんだか他人事みたいに遠く、くぐもって聞こえた。

ーーーー0.01秒、俺は負けた。

「あ、彰……」

タオルを持ってきてくれた砂月から、目も見ずに受け取る。

「ごめん、負けた。顔洗ってくる」

砂月が、何か言いたげだったが、俺は遮る様にして目も合わさず、それだけ言ってコンクリ剥き出しの流し台に向かった。

蛇口を捻って、水道水に頭ごと突っ込んだ。
冷たい水を頭から被っても、まだ体は火照って、俺は奥歯を噛み締めた。

ーーーーマジで悔しい。こんなに勝ちたいと思ったこともなかったし、こんなに悔しいと感じたことは、今までなかった。

「俺の勝ち、砂月口説く権利獲得ー」

ニヤつきながら、隣の蛇口を上に向けて駿介が、水を喉を鳴らして飲む。

「……ふざけんなよっ!お前にとったら遊びだろ?他の女でやれよ!」 

駿介は水を飲み終えると三角の蛇口を捻って、
俺を真顔で見つめた。

「……ふざけてねぇよ。俺は……アイツがマジで好きなんだよ。だから手段は選ばない」

真顔の駿介を見ても、マジで好きだとか、簡単に口にできる駿介に怒りが湧いた。

それは、砂月にきちんと伝える勇気のない、俺自身への怒りも含んでいた。