雑に閉じられた扉を眺めながら、俺は目をきゅっと細めた。

(どっちがだよ!毎朝毎朝、いい匂いに起こされる俺の身にもなれよな)

 俺は、チェックのズボンに白いシャツの上から紺色のブレザーを羽織った。まだ慣れないネクタイを結びながら扉の外に出れば、砂月がクスッと笑う。

「彰、曲がってるよ」

砂月の白くて細い指先が、俺のネクタイに触れると、手際よく結び直してくれる。

「不器用なんだよっ」 

「知ってる」

砂月が、子供みたいな笑顔で笑うと、いつものものを差し出した。

「はい、これ」

「中身は?」

「今日は彰の一番好きな、たらこ」

「お、マジか、うまそ」 

「今日はお母さんが作ってくれたから、美味しいと思うよ」

俺の家には、母親がいない。小さい頃に病気で天国に行ったから。この辺りに一つしかない神社、春宮神社の神主をしてる父親は、ほとんど神社で寝泊まりしてる事もあって、砂月が毎日、朝食におにぎりを届けてくれる。

俺は、特大おにぎりを受け取ると早速、頬張った。

「うまっ」

砂月が、大きな瞳を細めながら、俺の口元からご飯粒を一粒つまむと口に入れた。

「彰って、いっつもつけるよね」 

「うるせ」

俺は真っ赤な顔を見られたくなくて、転げるように階段を降りると、自転車に跨った。