ーーーー数秒の間があって、俺はゆっくり口を開いた。何か砂月に言わなきゃと思うけど、頭が混乱してうまく言えない。
「あー……えっと。その、チャリ使います?」
「え?」
砂月だけど、砂月じゃない砂月が戸惑った。俺も何度経験しても、やっぱり冷静になんて対処できない。
「あーごめんなさい。順番めちゃくちゃですよね」
「あの、私……」
「わかってます。そちらもわかってるかと思いますけど、あなた、亡くなってますよね?」
砂月は、瞳を少し見開いた後、急に俯いた。
「……はい。……自分でも未だに信じられないんですけど。」
少し怯えたような小さな声だった。
「あ、えっと……俺、神主の見習いなんで、その、こう言うの慣れてるんで!……で、あと、取り憑いた人の願いっていうか、やり残したことっていうか。俺が一緒に手伝うんで。……で、チャリ使いますよね?」
少しの間、砂月は、目をぱちくりさせれていたが丁寧に頭を下げて、ありがとう、と俺にお礼を言った。
倒れたままだった自転車を起こすと、俺を見て、砂月も自転車に手をかけた。
「あの、どこいきますか?」
「近くの公園に、まずは、私のことも少しお話ししておいた方が良いかと思いまして……そのお手伝い頂けるならば」
話し方からして、歳上の方だろう。あと、一人称から女性だ。
「わかりました」
俺は、小さく頷いて、砂月と公園に向かった。
平日の公園は、思っていたよりも賑わっていた。大半は小さな子供連れのお母さん達だ。
子供を砂場で遊ばせながら、その周りに円になってお喋りに花を咲かせている。身振り手振りを交えながら、「うちの旦那がさー」とヒートアップしてきた声が、離れたベンチに座る、こちらまで僅かに聞こえてくる。
子供たちは、そんな母親たちの会話に知らんぷりで、無邪気な笑顔で砂山をつくってはしゃいでいた。
「不思議……」
「え?」
思わず聞き返した俺に砂月がふわりと笑った。
「つい3日前まで、あそこにいるお母さん達と何も変わらなかったのに……育児して、家事して、働いて……平凡な主婦だったのに」
俺は何も言えなかった。人は皆、誰だって自分が明日死ぬなんて考えながら、日常なんて送らないから。