「ここにいてちょうだい、砂月ちゃんも安心すると思うの」

「え、あっ、はい。わ……わかりました」

砂月の掌の温もりに、俺は、顔が紅潮するのが分かった。

「……茂さん、久しぶりですね、中田カヨです」

ーーーー(えっ……)

茂さんは、砂月を妹だと思っているにも関わらず、中田カヨを名乗ったカヨさんをみて、俺は、前のめりなった。

カヨさんが視線で俺を安心させるかのように目を細めた。そして、その視線はすぐに茂さんへと戻される。

「……いつも、カヨがお世話に、なっており、ます」

茂さんは、テーブルから視線を外すことなく、先程の言葉を繰り返した。 

「もうこんな風に会話を始めるのが当たり前になってしまいましたね。……茂さん、カヨさんのこと覚えてらっしゃいますか?」

中田カヨさんは、微風のように、ふふっと笑う。茂さんがしゃがれた声で返事をする。

「いつもカヨが、ご迷惑をおかけしております。」

「いえいえ、カヨは、ちっとも迷惑などとは思っておりません。……あなたはいつもそう。私のことばかり心配してくれますね。もう……七十年以上も……」

「そろそろ食事の時間ですね、一緒に食べましょう」

「いいえ、お食事はもう、私も茂さんも頂きましたよ。あなたの大好きな親子丼、明日もまた作りますからね。あなたの好きなものは全部わかっていますから……」

親子丼と聞いて、茂さんがカヨさんとの記憶の端を引っ張られるかのように、嬉しそうに頷いた。その様子に、微笑み返しながらも、カヨさんは辛そうだ。

今から、最愛の茂さんに別れを告げなければならないのだから……。

「……茂さん、カヨは、あなたにお話ししなければならないことがあります……」

茂さんの言葉に、優しく被せる様に言葉を紡いでいく。