雪蓉は後宮の大門まで走っていくと、外では舜殷国軍同士が戦っていた。

(一体どういうことなの! 味方同士で争うなんて!)

 物音に饕餮は気付くが、幸いこちらに来る様子はない。

 しかし、人間の血の匂いがすれば、興奮して駆けつけてくることだろう。

 混乱に乗じて、雪蓉は後宮を出る。饕餮が襲ってきたときのことを考えて武器は用意してある。

といっても、後宮に武器は持ち込めないので、雪蓉が握っているのは、柄のついた鉄製の丸い調理器具。

……そう、平低鍋(フライパン)である。

 雪蓉は戦闘している集団を目指して走った。

(動きやすい服を着ておいてよかった。でもまさか、味方から反乱者が出るなんて)

 平低鍋も、動きやすい服装も、対饕餮のためであって、対舜殷国軍相手ではない。

劉赫が体を張って守ろうとしている人々が、自ら危険を冒そうとしている。

(なんでこんなことを。饕餮が来たら、皆死んでしまうというのに!)

 息を切らしながら、戦いの前線に到着すると、異様な光景であることに気が付いた。

 禁軍を攻撃しているのは、後宮の警備を主とする十二衛四府の通称十六衛と呼ばれる組織の南衙(なんが)禁軍で、戦の最前線に立つ十二衛の直轄軍とは格が違う。

 なぜ雪蓉が一目で南衙禁軍と分かったかというと、なんてことはない、腰紐が衛ごとに分かれているからだ。

十六衛なので十六色あり、後宮警備を任されている右玉鈐衛(うぎょくきんえい)は、桃色という可愛らしくも分かりやすい色となっている。

武力としては十六番目、つまり一番弱い軍なので桃色部隊と揶揄されてもいる。

 北衙禁軍と呼ばれる正規軍とは、大人と子供ぐらいの力の差がある。

勝てるわけがないにも関わらず、右玉鈐衛の武官たちは剣を振り回している。