「どうしたの?」

「いや、何でもない。こちらに向かっているならば好都合だな。迎え撃つまでだ」

「でも……。饕餮は恐ろしく強いわ。目についたものを何でも喰らう霊獣よ。木だろうが、家だろうが関係ない。人間なんて一飲みよ」

「分かっている。むやみに禁軍を使えば多くの兵を失うことになるだろう。饕餮は俺が止める。四凶を倒せるのは俺だけだ」

 闘志に満ちた劉赫の横顔は、いつになく鋭く野性的な眼差しがゾクリとするほど美しかった。

 頼もしい、けれど……。

「どうやって倒す気?」

「俺の中には神龍がいる。神龍を解き放てば、饕餮に勝ち目はない。大丈夫だ、神龍はこの世で一番強い生き物だから」

 不安気な雪蓉を励ますように、劉赫は言った。自信が言葉からも体からも溢れ出ている。

「そうか、そうよね。あなたは、神龍を宿す皇帝なのですものね……」

 劉赫に任せれば大丈夫。雪蓉は自分に言い聞かせた。だが、嫌な予感が消えない。

 本当に劉赫だけに任せていいのだろうか。

彼に全てを押し付けているような……。

「大丈夫だ、雪蓉。俺が皆を守る」

 優しく微笑む劉赫の瞳の奥に、陰りが見えた。

頼もしい言葉の裏に、儚さを感じて、無性に胸が苦しくなった。

 心配だけど、劉赫にしかできない仕事だし、彼に任せるのが最善の策だと頭から不安を消す。

「うん……お願いね」

 雪蓉の言葉に、劉赫は力が湧いてきたようで嬉しそうに破顔した。

 だから、気が付かなかったのだ。

 彼が何を犠牲にして、戦おうとしているのか。

神龍を解き放つことが何を意味するのか。

 彼の笑顔の裏に隠された痛みを、雪蓉は知らなかった。