劉赫は大きく深呼吸をして覚悟を決めた。

そしておもむろに振り返った。

「雪蓉、俺……」

 体を反転させた先にあった光景に、劉赫は言葉を失った。

(寝てるー!)

 可愛らしい寝息をたてて眠る雪蓉を見て、矜持を捨てて挑もうとしていた計画が脆くも崩れ去る。

 ずっと劉赫のために子守歌をうたってくれていた雪蓉だったが、劉赫はそれどころでないので子守歌が止まったことに気付きもしなかった。

 ふう、と大きな深呼吸を吐いて、雪蓉の肩にそっと布団を掛け直す。

(まあ、これも悪くない)

 結局、指一本すら触れずに終わってしまったが、劉赫はとても幸せな一夜を過ごした。

 もちろん、悪夢は見ていない。




 朝日が昇る時分、誰よりも早く饗宮房に入り下準備を始めているのは、正一品の貴妃、雪蓉だ。

 劉赫との甘い一夜は、結局あの晩だけだった。周りから、ついに床を共にしたとあらぬ噂が立ったからだ。

(たしかに床は共にしたけれど、何もなかったのに大げさな……)

雪蓉は必死で否定したが、事実はどうあれ誤解されるようなことは避けらなければならないと学んだ。

料理長の鸞朱から料理人としての未熟さを指摘され、鸞朱との腕の違いをまざまざと見せつけられたあの出来事から、雪蓉は初心に戻って一から料理と向き合うことを決めた。

そのため誰よりも早く饗宮房入りし、下っ端が行う材料の下準備を終わらせてから、劉赫の食事を作っている。

 学べることは何でも学びたい。手伝えることがあるなら何でもやりたい。

それが一流の料理人の道へ繋がっているはずだから。

 そして、あの鸞朱でさえも味付けを許されない宮廷料理とはどのようなものなのだろうと夢想するのであった。

一度でいいから本物を見て食してみたい。

そして、自分も一流の料理を学びたいと思った。

 怒涛の早さで野菜類の下準備を終わらせ、真剣な面持ちで劉赫の朝餉を作っていた時、雪蓉はハッとして手を止めた。

 そして同時刻、劉赫の朝廷入りを待たずして、臥室に火急の知らせが届く。