「急に酒が飲みたくなってきた。どうだ、一緒に一杯……」

 気持ちよく歌っていたのに、急に話し掛けられたので、雪蓉は少しむっとした。

「私は飲めないから。飲みたいなら一人で飲んで。お茶でいいなら付き合うわよ」

「……それなら飲まなくていい」

(雪蓉が飲まないなら、何の意味もない)

 劉赫は残念そうに項垂れた。

雪蓉は、劉赫が再び黙り込んだので、子守歌を再開した。

(酒が駄目なら……薬を盛るか)

 いや、駄目だろ。人として駄目だろ。最低だな、この男。

(しかし、正気に戻った時、あまりの後悔に自害してしまう可能性もある。……薬は駄目か)

 いや、その可能性の前に、そもそも薬はいけない。

酒の時点でどうかと思ったが、この男、思い詰めると、とんでもないことを考える。

 一方の雪蓉は、劉赫の気も知らず、呑気に歌をうたっていると思いきや、心の中は劉赫同様動転していた。

(どうしちゃったの、私。なんでこんなにドキドキしているの。

劉赫の大きな背中を見ていると、心臓の動きが速くなる。

こんなに近い距離にいて、同じ布団で横になっているのだもの。

意識するなという方が無理があるわ。

そういえば私、ずっと女同士で生活してきたから、男の人とこんなに近くで接するの初めてだった)

 劉赫はまさか雪蓉が、自分のことを意識しているとは夢にも思わない。

 正攻法でいけば、もしかしたら奇跡が起こる可能性があるにも関わらず、劉赫はあくまでも汚い手しか考えが浮かばない。

(どうする、どうすればいいんだ。もうこの際、男女の関係にはなれなくても、指一本でいいから触れたい)

 女性から一度も好意を寄せられたことがない男が考えそうな願いに、この男が皇帝であることは忘れそうになる。

国中の女たちが色めき立つような顔立ちで、時の権力者であるとは思えない願いだ。

(下心を察せられたら終わりだ。今、雪蓉は俺のことを小さな子どものように思っている。

だからこそ、一緒の布団で寝てくれているわけだ。つまり、それを利用すればいい)

 だんだんと劉赫の頭が冴えてくる。

国一番といわれるほどの頭脳の持ち主でもある。

その優れた頭脳を使い、念願をなんとか叶えようとしている。

頭脳の無駄遣いだ。別なことに使ってくれ。

(まだ眠れないから手を握ってくれと子どものように甘えたら、面倒見のいい雪蓉のことだ、無下には断れまい。しかし……)

 劉赫は苦悶の表情を浮かべ、目を閉じた。

(子どものように甘えるなど、そんなこと俺の矜持が許さない)

 甘えん坊と言われることを極端に嫌う劉赫が、矜持を捨て甘えることなど、できようはずが……

(仕方ない。大義のためだ)

 矜持を捨てたよ、この男。

しかも、手を握りたいという、うぶな願いのために。

どこが大義だ。