「どういたしまして。じゃあ、また明日」

 雪蓉は劉赫の顔を見てしまったら部屋から出られなくなりそうなので、下を向いたまま踵を返した。

 部屋から出ると、どっと脱力感が襲ってきた。

劉赫と離れることに、とても気力を使ったからだ。

それに、どうしてだが急に寂しくなって胸が痛んだ。

 苦しそうに胸元を抑える雪蓉を見て、部屋の外で待機していた明豪が声をかけた。

「どうした、具合でも悪いのか?」

 明豪の存在をすっかり忘れていた雪蓉は、慌てて顔を上げた。

「いえ、なんでもないの」

 劉赫の顔を頭から降り払い、歩き出した。

(私の役目は、劉赫に美味しい食事を食べてもらうこと。私ができるのはそれしかない)

 雪蓉はまるで自分に言い聞かせるように胸の中で呟いた。

(昔は臆病で甘えん坊だったと聞いて、今とは正反対と思ったけれど、昔の名残はなくなったわけではなかったのね。あんな顔を見たら、放っておけなくなる)

 母性本能をくすぐる男だ。

しかも無自覚だからたちが悪い。

普段は弱いところを一切見せず強気な態度だから、その開きがさらに心を掴む。

(私、なにやってるんだろ。早く帰らなきゃいけないのに)

 小さな女巫たちと、仙婆の顔を思い出した。

(ごめんね、皆。私、もう少しここにいるわ)

 劉赫をこのままにして帰れない。

彼の心の傷が癒えて、雪蓉以外が作った料理でも美味しいと感じられるまで……。

 それは、雪蓉が帰りたい一心でというわけではなく、劉赫のことを心から案じての気持ちだった。