美味しいものを食べたら、それだけで嬉しいし、嫌なことがあっても、また頑張ろうと思える。

(私が作った料理が、誰かの喜びになるのなら……)

 本気出してやろうじゃないの。

 雪蓉は綺麗に()いである切れ味の良さそうな包丁を選んで手に取った。すると……。

「お待ちください」

 後れ毛一つでも許さないように、前髪を上げ髪をお団子に結い上げた年増の女性が雪蓉に話し掛けた。

 他の後宮調理人たちは、雪蓉をまるで化け物を見るかのように恐れ、雪蓉からなるべく離れようと距離を取っているにも関わらず、その女性だけが雪蓉の側に近寄り、厳しい眼差しで見つめている。

 威圧的な雰囲気と、明らかに敵対心を持っている眼差しを向けられ、雪蓉は戸惑(とまど)う。

「あなたは?」

「失礼致しました。わたくし、饗宮房の料理長、鸞朱(らんしゅ)と申します」

 料理長と言われ、雪蓉は慌てて包丁を置き、頭を下げた。

「こちらこそ申し訳ありません。勝手に触ってしまって」

 雪蓉は女巫とはいえ、料理を饗する立場なので、調理場が料理人にとって神聖な場であることは分かっている。

雪蓉が皇帝の食事を作る任を(たまわ)ったので、饗宮房を使うことになったと料理長は知っていることとはいえ、礼を示すのは当然のことだと思った。

 貴妃である雪蓉が、調理長に頭を下げたことに、後宮料理人たちは一様に驚いた。

料理長とはいえ、正一品である貴妃の方が格段に身分は高い。

貴妃の許可なく話し掛けた料理長の方が無礼であり、処罰されても文句はいえない立場だ。