雪蓉の住まいは、後宮の中でも最も外廷に近いところにあり、侵入者を防ぐ堀の向こう側には大勢の兵が配列されていた。

 雪蓉の強さは、捕獲の一件以来、周知の事柄になっている。

女一人にここまでやるかと呆れるくらい警備は厳重だ。

 しかし、諦めるわけにはいかない。雪蓉は饕餮山に戻り、仙になるのが夢なのだ。

こんなところで呑気に貴妃をやっている場合ではない。

 何度も脱出を図るも、そもそも室から出るのも至難の技だ。

室の扉に南京錠(なんきんじょう)をつけられた。

扉ごと破壊し室から出られたはいいが、雪蓉の世話係の女官たちにあえなく見つかって戻される。

 宦官(かんがん)がいれば見張り役となってくれたのであろうが、後宮嫌いの劉赫によって宦官は一掃(いっそう)され後宮から締め出されていた。

宦官に富と権力を持たせるとろくなことがない、というのが劉赫の持論だった。

一時、本気で後宮をなくそうと動いたが、後宮をなくすことは小国を潰すことと等しいくらい労力と時間がいることを悟り、必要最低限の人員で維持していた。

そんな背景があり、突如貴妃としてやってきた怪力女を閉じ込めるのは女官の役目となってしまったのだ。

 しかし、実はこれが逃げにくくなる一番の要因となっていた。

 男共であれば、怪力を披露できるが、女性には手を出せない。

自慢の俊足で逃げ切ろうとしても、ひ弱な女官たちが必死で雪蓉を追いかける姿を見ると不憫(ふびん)に思えてくる。

さらに、足がもつれて転んでしまう様を見てしまったら、放っておけず駆け寄ってしまう。

 扉を破壊したため、鍵は掛けられなくなったが、その代わりに室の前に大勢の女官が配備された。

 うっかり怪我でもさせてしまったらと思うと、思いきった行動はできない。

警備はさらに厳重になるし、扉を壊してしまったから、隙間風が寒いし、次からは鍵をかけられても破壊するのはやめようと密かに反省した。

 日が傾き、夕暮れに染まる頃、夜を待ちきれない劉赫は、初めて後宮入りした。