「あの時の行き倒れ男!」

 雪蓉は腕をぴんと張り、指さした。

「思い出してくれたみたいで光栄だな」

 庶民に指さされたにも関わらず、男はニヤリと口の端を引き上げる。

「何しに来たのよ!」

 一か月前の接吻を思い出し、雪蓉は今にも砂を投げかける勢いだ。

 無礼極まりない口ぶりと態度に、武官が慌てて会話に入る。

「おい、女! この御方は、舜殷国皇帝、劉赫様であられるぞ!」

 ……舜殷国、皇帝?

「まさか」

 から笑いをすると、周りの武官たちはまなじりきつく雪蓉を睨め付ける。

 周りの雰囲気に、どうやら本当のことであると察する。

「嘘……」

 途端に血の気が引く。

なにしろ雪蓉は、時の皇帝に、罵詈雑言を浴びせかけ、渾身(こんしん)の平手打ちをおみまいしたのである。

「まさか、あの時のことを恨んで私を処罰しに来たの⁉」

 なんていう執念深い底意地の悪さ!

 雪蓉は心の中で叫んだ。

「お前今、心の中で俺のことを粘着質な野郎だとか思っただろ」

「いや、そこまでは……」

 だいぶ近いことを心の中で叫んでいたが、少し言い方が違う。

意味は同じだが。

 劉赫はため息をついて言った。

「処罰しに来たんじゃない」