「ある御方……?」

 おそらく相当偉い身分なのであろう、そんな人物に心当たりがあるはずもなく、雪蓉は首を捻った。

 すると、馬のひずめの軽やかな音がして、武官たちが一様に道を開ける。

 黒い毛並みが美しい馬に乗り、紅色の鎧兜(よろいかぶと)をした男が雪蓉にゆっくりと近付いてくる。

先ほどまで仙婆と話していた武官も位が高そうだと思ったが、そんな比ではない。

威風堂々、圧倒的な威厳のある風格を放ち、駿馬に跨っていることからも、兵の大将であることが窺い知れる。

男は雪蓉の側で馬を止めると、おもむろに紅色の鎧兜を外した。

現れた顔は、息を飲むほどに整った見目麗しい青年だった。

流れるような漆黒の髪に、鋭くも色気の含んだ蒼玉色の瞳。

 こんなに綺麗な顔をした男の人、初めて見た……。雪蓉は圧倒されながら男を見上げた。

「……久しぶりだな、雪蓉」

 固く結んだ唇が、わずかに(ほころ)ぶ。

威圧されるような雰囲気から、いくぶん柔らかな顔を見せて男は言った。

「えと……どちら様ですか?」

 見るからに高い身分である彼と、出会うはずもないし、その顔に見覚えもなかった。

戸惑っていると、男は眉根を寄せて怒り出した。

「鎧兜を取っているのに思い出せないとは、お前の脳みそは(にわとり)以下だな」

 精悍(せいかん)な顔立ちに似合わない暴言を吐かれ、雪蓉は「あっ」と声を出した。

 この生意気な口ぶり、なにより蒼玉色の瞳……。

髪はわかめのようにぐちゃぐちゃだったから随分雰囲気が違うけど……。

間違いない、こいつは……。