「できたぞ」

 外にいる女に声を掛けると、扉が開き中に入ってきた。

 ようやくまともな身なりとなり、佇んでいる男を見て、女は目を見開いた。

「……驚いた。あんたって、元は精悍っていうか、気品があるというか、農民の雰囲気ではないわね。あんた一体何者?」

 女の問いに、目を逸らす。こんなところで正体を打ち明ければ大変な騒ぎになることは分かっている。

「そういえば、あんたの名前聞いてなかったわね。私は、潘 雪蓉」

 ニコリと微笑み、男の返答を待つ雪蓉と名乗る女を前にして、わずかに罪悪感が生まれる。

「……忘れた」

「えっ!」

(もちろん覚えているが、言うわけにはいかないのだ。……今は、まだ)

「頭でも打ったのかしら。まともそうに見えたけど。いや、そうでもないわね。

図々しいし生意気だし。確かに変ね、変だわ」

 なぜか妙に納得した様子で、本人を目の前にとんでもなく失礼なことを口走る。

 誰が変だ、俺はまともだ、と言いたい気持ちを男はぐっと堪える。

「雪蓉」

 名を呼ばれた雪蓉は、驚くように男を見つめる。

「礼は、必ずする」

「何よ、改まって。別にいいわよ、礼なんて。それより、自分の名前も分からないのに、どうやってお礼する気よ」

 黙り込む男に、雪蓉は快活に笑う。

「じゃあまたね、ゆっくり休むのよ」

 コクリと頷くと、雪蓉は安心したように出て行った。

(礼は、何がいいだろう。本人にそれとなく聞いてから出立しても遅くはないはずだ。

 雪蓉……。

ガサツで口が悪く失礼な奴だが、優しく純真な女だ。

着飾らなくても内側から輝くような美しさがある。こんな女、初めて見た)

「雪蓉、どうにかしてお前を奪いたい」

 心の内に芽生えた強い欲望に、思いを巡らす。