「そんなこと言ったら、親が悲しむわよ」

 ふいに、男の脳裏に嫌な記憶が蘇った。

男の顔を見ると、恐怖に怯える表情を浮かべた女。

女は、男の母親だ。

その顔を思い出して、強烈な憎悪が湧いてきた。

「親に捨てられたくせに、よく言うな」

 男は酷く攻撃的な気持ちになった。

女が傷付くような言葉を言ってしまい、ハッと我に返る。

「悪い……今のは……」

 男が慌てて弁解しようとすると、女は気にしていない様子で話し出した。

「確かにここは、子捨て山と呼ばれているけど、親を憎んでいる子なんていないわ。

私が生まれた農村は、ここからとても遠い場所にあるの。

父は数日かけて、わざわざここまで私を連れてきた。

ここに来るまでに全ての所持金を使い果たしてまで。

売ることだってできたのに、それをしなかった。

農村は貧しくて私を引き取ってくれる余裕のある人はいない。

ここしかないと父は思ったのだと思う。

私を助けるためには、ここしかないと……。

その後、父がどうなったかは分からないわ。

お金も尽きて、生きているかも分からない。

だから、恨んではいないのよ。恨みようがないとも言えるけど」

 思いがけず、女の過去を聞いてしまって、男はバツが悪くなって口を閉ざした。

(……恨みようがない。まさしく、恨んでも仕方がない。悪いのは、母親ではない。だが……)

 そこまで考えて、男は思考を止めた。

(もう抗うことさえ許されない。俺の中にはあいつがいる。

運命を受け入れなければいけない。それがどんなに苦痛を伴うとしても)