目を見張り、仙の言葉を理解できずにいる雪蓉に、仙は淡々と告げる。

「饕餮の本当の名は峻櫂。

峻櫂はわしの一人息子じゃった。

父親が幼い頃に亡くなり、わしは女手一つで峻櫂を育てた。

峻櫂は気弱で優しい子での。

食べることが大好きじゃった。

頭も運動神経も良くない峻櫂は、幼い時からよく虐められておった。

わしはそんな峻櫂が心配だったけれど、仕事が忙しくて手をかけることができなかった。

そして峻櫂が二十歳になる頃、仕事も人間関係も上手くいかない峻櫂は、ある教祖様に心酔していった」

「教祖様……」

 初めて聞く仙婆の昔話に、雪蓉は真剣に耳を傾けた。

そして、教祖様という言葉に、妙な胸騒ぎを感じた。

「教祖様はとても美しい男の人らしい。

わしは暗闇の中で一度だけ見たので顔はよく分からなかったのじゃが、腰まで届く絹糸のように美しい銀髪は今でも覚えておる。

どんなことを布教していたのかは分からない。

ただ、峻櫂は溺れるように急激に教祖様を慕っていた。

まるで何かに憑りつかれるように」

 雪蓉の喉がごくりと鳴った。

おどろおどろしい怖さと不気味さが話から伝わってきた。

「峻櫂の異変に危険を感じた時にはもう遅かった。

気弱で優しいあの子はすっかり変わってしまった。

そして心酔していた教祖様の手によって、峻櫂は自ら饕餮になることを選んだ。

そしてわしも、一人息子と共に地獄に落ちることを選んだ。

仙になることを自ら望んだ。

恐ろしい魔物を生み出してしまったわしの償いでもあるのだ。

あの子を助けられなかったわしの罪じゃ」

 仙の目は遠くを見るように悲しみの色に濁った。