さて、味覚が戻ったことに頭を抱えているのは、治った張本人、劉赫である。

 仕事を終え、臥室で一人、椅子に座り休んでいた劉赫は、ある悩みが頭を支配し、寛ぐことができずにいた。

(どうしたものか。あんな約束などしなければ良かった)

 激しく後悔しているのは、雪蓉と交わした一つの約束事。

劉赫の味覚が治れば、雪蓉を帰すというものだった。

 まさか治るとは露ほども思っておらず、このことを雪蓉が知ったら狂喜乱舞して駆けつけてくるだろうと思った。

(……しらを切るか)

 男として、いや、人としてそれはどうよと突っ込みたくなるようなことを真剣に検討している劉赫に、まさに狂喜乱舞し駆けつけてきた雪蓉の足音が聞こえてきた。

 ドタドタドタと、品位の欠片もない足音を鳴らすのは、雪蓉しかいない。

劉赫は、気が重くなりながら、扉を見つめた。

「聞いたわよ! 劉赫!」

 盛大に扉を開け放ち、許可なく臥室に入り込んできた雪蓉の頬は紅潮していた。

「何のことかさっぱり」

 雪蓉から視線を外し、意味もなく斜め上を見つめる劉赫。

どうやら、しらを切ることにしたらしい。