皇帝からの求婚に(あらが)える者などいない。

 しかも、舜殷国(しゅんいんこく)皇帝劉赫(りゅうかく)は、誰もが見惚れるほど見目麗しく、武術にも長けている。

年頃の女であれば、自身の上に突然降りかかってきた幸運に、涙を流して喜びそうなものだが、(はん)雪蓉(せつよう)だけは違った。


「死んでもお断りよ!」


 あろうことか、皇帝からの求婚を本人の前でばっさりと切り捨てたのだ。

「お前、自分が何を言っているのか分かっているのか?」

 漆黒の駿馬(しゅんめ)(またが)り、雪蓉を見下ろしながら劉赫が目を細めて言った。

淡々とした口調だが、明らかに怒っている。

「ええ、十分理解しているわよ。聞こえなかった? もう一回言ってあげる。あんたの妃になんか、死んでもならない! 殺すなら殺しなさいよ、変態下衆野郎(へんたいげすやろう)!」

 お察しの通り、この雪蓉という女、天女が舞い降りたかのように可憐(かれん)で美しいが、口が相当悪い。

見た目に騙されて求婚し、撃沈(げきちん)した男は数知れず。

 雪蓉の暴言に、武官たちがざわつく。皇帝にこのような口をきいたら、首を即刎(そくは)ねるのがしきたりだ。

だが劉赫は、怒る武官たちを冷静に静め、やけに慣れた様子で雪蓉の暴言を聞き流す。