微妙にオーバーサイズのトップスに、デニムパンツよりはジーパンという響きが似合うようなボトムス。スカートなんて高校卒業以来履いていない。
化粧を覚える気力すらない私だけれど、手首に香水をつけることだけは忘れない。スノードロップの香り。花言葉は希望。凛として澄んだこの香りが大好きだ。
通勤電車で運命的なラブロマンスに遭遇することなんてありえない。そもそも勤務先は徒歩圏内の書店だから電車になんて乗らない。家から一番近いからそこを選んだ。
「今日からバイトの子が入るから面倒見てあげてね」
出勤早々、アルバイトの女子高生を紹介された。第一印象は、同じクラスにいてもかかわることがなさそうな人。
彼女に仕事を教えたところ、彼女は随分と物覚えが早い子だった。しかも比較的フレンドリーな性格のようで、休憩時間には早速私との距離を詰めよう質問攻めにされた。
「先輩いい匂いですよね! 香水つけてるんですか? いいなあ、あたしの学校、バイトはOKなんですけど香水禁止なんですよ」
「まあ……一応ね」
「あたしも休みの日とかはつけよっかなー。今度メーカー教えてくださいよー」
特別な香水ゆえ、あまり教えたくなかったので愛想笑いでごまかした。その後も彼女はしゃべり続ける。
「先輩って音楽とか何聞くんですか?」
人付き合いの嫌いだった私はのらりくらりと交わしていたがこの質問には真面目に答えようと思った。
「Rampageって知ってる?」
「名前くらいは。だいぶ前に辞めちゃった人ですよね?」
私は頷く。人気歌手Rampageは二年前人気絶頂の中電撃引退を発表した。彼は顔出しを含め素性を一切公開していなかったので、今どこで何をしているかは誰も知らない。
その後もべらべらとしゃべり続ける彼女。よくもここまで話題があるものだと感心した。ふと気になって彼女に聞いてみた。
「本屋で働くってことは、本が好きなの?」
ほんの気まぐれにした質問だった。
「全然読まないですけど、『大都会のセイレーン』がめちゃくちゃ好きなんですよ。朝名愛って知ってます?」
「ええ、もちろん」
覆面作家・朝名愛。二年前デビュー作の『大都会のセイレーン』で新人賞を受賞し、当該作品はベストセラーとなり、映画化も決定した。その後も二作発表しているが、鳴かず飛ばずだった。
「今日、文庫版発売とかアガりますよね! はあー、キラと結婚したい」
キラとは『大都会のセイレーン』の主人公だ。小説の中で美しい歌声で世界中の人を魅了する彼は、多くの読者を虜にした。
「他の本は読むの?」
「あー、『大都会のセイレーン』が最高すぎたんで、朝名愛の新作読んだんですけどぶっちゃけ微妙で。何で、あの話だけあんなに面白かったんですかね」
届いたばかりの文庫版『大都会のセイレーン』を一冊、段ボールから取り出してぱらぱらとめくってみる。
「さっき貴女が言ったんじゃない。主人公のキラがかっこいいから、それだけよ。朝名愛の小説がつまらなくなったのは、魅力的な主人公が書けなくなったからでしょう」
「分析力やばいっすね。さすが本屋に長年勤めてる人は違うなあ」
彼女の的外れな発言に何と返せばいいのか分からない。目を合わせることを避けて、ハードカバーの時にはなかったあとがきを確認した。
なぜまともな作品が書けなくなったのかなんて、分かって当然だ。私が朝名愛だから。
化粧を覚える気力すらない私だけれど、手首に香水をつけることだけは忘れない。スノードロップの香り。花言葉は希望。凛として澄んだこの香りが大好きだ。
通勤電車で運命的なラブロマンスに遭遇することなんてありえない。そもそも勤務先は徒歩圏内の書店だから電車になんて乗らない。家から一番近いからそこを選んだ。
「今日からバイトの子が入るから面倒見てあげてね」
出勤早々、アルバイトの女子高生を紹介された。第一印象は、同じクラスにいてもかかわることがなさそうな人。
彼女に仕事を教えたところ、彼女は随分と物覚えが早い子だった。しかも比較的フレンドリーな性格のようで、休憩時間には早速私との距離を詰めよう質問攻めにされた。
「先輩いい匂いですよね! 香水つけてるんですか? いいなあ、あたしの学校、バイトはOKなんですけど香水禁止なんですよ」
「まあ……一応ね」
「あたしも休みの日とかはつけよっかなー。今度メーカー教えてくださいよー」
特別な香水ゆえ、あまり教えたくなかったので愛想笑いでごまかした。その後も彼女はしゃべり続ける。
「先輩って音楽とか何聞くんですか?」
人付き合いの嫌いだった私はのらりくらりと交わしていたがこの質問には真面目に答えようと思った。
「Rampageって知ってる?」
「名前くらいは。だいぶ前に辞めちゃった人ですよね?」
私は頷く。人気歌手Rampageは二年前人気絶頂の中電撃引退を発表した。彼は顔出しを含め素性を一切公開していなかったので、今どこで何をしているかは誰も知らない。
その後もべらべらとしゃべり続ける彼女。よくもここまで話題があるものだと感心した。ふと気になって彼女に聞いてみた。
「本屋で働くってことは、本が好きなの?」
ほんの気まぐれにした質問だった。
「全然読まないですけど、『大都会のセイレーン』がめちゃくちゃ好きなんですよ。朝名愛って知ってます?」
「ええ、もちろん」
覆面作家・朝名愛。二年前デビュー作の『大都会のセイレーン』で新人賞を受賞し、当該作品はベストセラーとなり、映画化も決定した。その後も二作発表しているが、鳴かず飛ばずだった。
「今日、文庫版発売とかアガりますよね! はあー、キラと結婚したい」
キラとは『大都会のセイレーン』の主人公だ。小説の中で美しい歌声で世界中の人を魅了する彼は、多くの読者を虜にした。
「他の本は読むの?」
「あー、『大都会のセイレーン』が最高すぎたんで、朝名愛の新作読んだんですけどぶっちゃけ微妙で。何で、あの話だけあんなに面白かったんですかね」
届いたばかりの文庫版『大都会のセイレーン』を一冊、段ボールから取り出してぱらぱらとめくってみる。
「さっき貴女が言ったんじゃない。主人公のキラがかっこいいから、それだけよ。朝名愛の小説がつまらなくなったのは、魅力的な主人公が書けなくなったからでしょう」
「分析力やばいっすね。さすが本屋に長年勤めてる人は違うなあ」
彼女の的外れな発言に何と返せばいいのか分からない。目を合わせることを避けて、ハードカバーの時にはなかったあとがきを確認した。
なぜまともな作品が書けなくなったのかなんて、分かって当然だ。私が朝名愛だから。