「体育の飯綱先生は以前から気圧の不安定な時期にこめかみをさする仕草があった。加えて日頃の食の偏りによる不摂生から医師に注意喚起はされていたらしい。倒れる前日が予兆のピークだった。耳鳴りがするんだ、右耳に本当に高い周波数の音がずっと鳴ってる。だから気をつけてって言った。相手にされなかったけれど。江角くんに関してもそう、同じ状況だった。生まれてから15、6回このパターンでよくないことが起こってる。ヤマカンでもいいから伝えようと思った。救えるかどうかはさておき」
一度話しかけただけで、堰を切ったように彼はこんなにも喋るのか。
見て見ぬ振りをしてきたけれど、私の中の「死にたい」という歪んだ人並み以上の感情も、向き合えばひとたび饒舌な彼みたいな存在だったのかもしれない。神聖で穢されるべきでないと勝手に選り好んでいただけに若干気落ちするような、安堵するような、
向き合えば未知はこんなにも目の前にある生と死への活路だ。
「彼らは同時に死を乞うていた。自身の学生時代の怪我で全国大会出場を逃した飯綱教諭は江角隼人に未来を託し、彼はそんな重圧から逃れたかった。理由はなんだってよかったんだよ、君はその言い訳にされただけ。全てはルーティーンってわけ。でも君は江角隼人に慕われる以前に胸に抱いてたんだね。死ぬのはとても簡単だよ、でも同時に酷く難しい。君はそれをよく知ってるはずだ」
カッターで切りつけるには手首より太い動脈の流れている足がいいと、足の付け根に刃先をよく向けたことがある。目立たないし、痛いのは耐えればいい。叶わず首を絞めてみたり息を止めてみたり、それっぽいことをやんわりと今日まで繰り返してきた。
理由は特になかった。特に意味もなく、死にたいと思ってはいけない理由が逆に聞きたかった。生きる理由がなくても赦されるのに、死ぬ理由がなくて咎められることを誰かに問い質したかった。
「じゃあ、鉛筆転がしていたのは」
「ああ。黒海さんがずっとコンタクト取り合ってる死にたがり二人に連絡するアカウントの名前、モノグラムで作ろうとしてただけだよ」
「結構まめ?」
「逆。ネーミングセンスないから」