「神代《かみしろ》っ!! あんた今日も先生に怒られてたね。掃除当番さぼったらまたおこられるよ」
「うるせー、豊村《とよむら》」
いつものように小言がうるさい幼馴染の豊村あいか。中学生にもなって親し気に接するので正直迷惑だ。俺と彼女は家も近く仕方なく一緒に帰ることが多い。
「最近私のこと、あいかって呼ばないんだね、あっくんが嫌がるから名字で呼んでるけどさ、本当はあっくんのほうが呼びやすいのにぃ」
「別に仲良くもないのに下の名前で呼ぶなんておかしいだろ、俺の名前はあっくんではなくあつしだし」
「物心つく前から私たち仲良しだったでしょ」
「それはガキの時だろ。今はクラスのみんなの目もあるし、変に仲良くしていたらおかしいだろ」
胸糞悪い放課後、俺と幼馴染の豊村はいつもの帰宅する道を通る。豊村はガキの頃からの知り合いだが、俺は距離を取りたいと思っている。豊村はあいかわらず小学生の頃と変わらない距離で接して来る。正直うざい。
優等生とは真逆の劣等生の俺は、教師に目の敵にされ、濡れ衣を着せられた。財布を盗んだという疑いをかけられ、俺が犯人だという証拠もないまま、俺だということになってしまった。
問題児というレッテルはそうそう簡単にはがれるものではない。ならば、勲章のように掲げよう。そんな感じで、胸を張りながら田舎道を歩く。俺の家の近くには古い祠があり、何の神様かもわからないのだが、昔から祀られているらしい。たいていは何かが祀られていて、日本人の大半はとりあえず、手を合わせて拝んでおけばいいだろうとか神ならばとりあえず崇めておけなんていう精神の持ち主が多いのだが、俺はとりあえず拝むとか崇めるとか得体のしれないものに対してそういった感情は持たない主義だ。
俺はその祠のほうに向かって叫んでみる。
「俺は、馬鹿だが、盗みなんてはしないっつーの、山田の野郎死んじまえ!!」
豊村しかいないこの田舎道で好きなことを叫ぶ。言論の自由だ。誰にも迷惑をかけずに憂さ晴らしをするというのは滑稽だが、胸糞悪い本人にとっては一番の良薬だ。
実際人殺しを本当にするわけではないが、死ねと叫ぶだけで、その人物が一瞬だけでもいなくなってくれたかのような壮快な喜びを感じていた。俺は心がよどんでいるらしい。もう、あどけない純真な気持ちなど残っていないのかもしれない。
「山田を殺せばいいのか?」
俺は耳を疑った。知らない声が脳に響いたのだ。しかし、周囲を見回しても誰もいない。誰かのいたずらにしては何かがおかしい。豊村には聞こえていないようだった。
「殺しても構わないぞ」
俺は空に向かって叫んだ。死んじまえではなく、殺しても構わないというソフトな表現にしたのは俺の人間としての優しさだったのかもしれないし、得体のしれない声に警戒していたからなのかもしれない。
「山田を殺してやるぞ」
得体のしれない不気味な声の主は相変わらずどこにもいないが、俺の脳に語り掛けてきた。少し不気味な生暖かい風が俺の頬を撫でた。俺の背筋がぞくっとしたのだが、ケンカじゃ負けない男としてのプライドが恐怖心をひた隠す。
俺はいよいよ声の存在が怖くなってきて、その場を去ることにした。豊村はどうしたのという顔をしたが、俺は何も聞いていない、何も知らないと自分自身を洗脳しながら一目散に自宅に帰宅した。
本当の恐怖は翌日の中学校だった。突然の全校集会と訃報だ。教師の山田が急に心不全で死亡したらしい。まだ50歳くらいだろうか。よくあることでもない偶然の一致に俺は内心、びくついていた。山田は健康だったそうだ。持病はない。しかし、高齢というほどでもない山田がそんなに簡単に死ぬのか? 心臓が急に止まるものなのか? 俺のせい?? 俺は自問自答した。きっと偶然の一致だ。絶対そうだ。俺は、神でも魔法使いでも超能力者でもない。だから、俺は無関係だ。
――あの声の主が犯人なのだろうか? 俺は怖くなった。朝は祠を見ないように歩いて登校した。朝は通勤や通学の人がまばらにいるので比較的不気味な雰囲気はないのだが、帰りは人通りが少ないので、少々不気味だ。俺は、あの祠のことが頭から離れなかった。
そんなことを悩みながらテストを受けていたのだが、やっぱり回答がわからない。俺は優等生ではないし、勉強熱心ではないから問題なんてすらすら解けたためしもない。ため息をつきながら、答案用紙を見つめた。
「100点満点を一度でもとってみたいな」
心の中で、勉強ができない自分に嫌気がさして、願望を唱える。心の中の声なんて誰にも聞こえないし、願望なんて誰にでもあるものだ。
「100点満点とらせてあげよう」
という声と共に、不思議なことに、問題の答えが答案用紙に透けて見えるという出来事が起こった。なぜか問題が理解できているのだ。そして、答えが見えたのだ。普通ありえないできごとだった。それは、まるで魔法だ。勉強なんてしていないし、授業もあまり聞いてもいない俺がこんなにサクサク解けるはずがないのだ。しかし、実際問題を解けるという事態が目の前で起きたのだった。俺は不思議な気持ちになっていたのだが、いいことが目の前で起きたという現実に少し調子に乗っている自分がいた。
人を殺したのは俺ではないし、山田が勝手に死んだだけだ。偶然だ。そして、目の前のテストの答えが全て完璧に解けたのは俺の実力なのかもしれない。自分のいいように勝手に解釈している自分がいた。
案の定クラスでたった一人だけの100点という実績を残す。生まれて初めての100点だ。うれしい気持ちになると同時に、クラスでたった一人だけの100点を問題児の俺がとったという事実が存在した。クラスのみんなの驚きと羨望のまなざしを感じて、気分が高揚していた。
「なぁ、100点を取った気分はどうだ?」
脳に誰かが語り掛ける。他の皆には聞こえていないようだ。
「誰だお前は?」
心の中で語り掛けてみる。ずっと気になっていた張本人から声をかけてきたらしい。得体のしれない何かと会話をするのは人一倍勇気がいる。
「祠にまつられた全知全能の神だよ。困った人を助けるためには世間でいう正義や悪の基準は関係ない。それが、私さ」
謎の男の声だ。成人男性だと思われる。
「なんでも、困った事があったら語り掛けてくれ。私は君のためにならば何でもしてあげるから」
「本当に神なのか?」
「そうさ、祠の前で死んでしまえと言ったから、山田は殺した」
「嘘だ、神は悪いことをしないだろ。悪魔とかそういった類なんじゃないのか?」
「実際100点満点を取らせてあげたじゃないか。神様にしかできない芸当じゃないか」
「じゃあ俺のいいなりで、どんなことでもやってくれるのか」
「実は、もう私は高齢でな。ずいぶん前から神をやっているのだが、最近は引退を考えておる。体力的にあと2回が限界かな」
あと2回と言われるとねがいも慎重になるな。
「あのさ、俺の妹ずっと病気で寝たきりなんだ。長生きもできないって言われているけど、妹を健康な体にしてやってほしい」
「お前、案外いい奴だな。昨日は殺人を願ったのに、身内には優しいのだな」
「別に、本気で殺人を願ってなんかいない。おまえが勝手に殺したのだろ?」
「妹の体を治してやった。あと一つはよーく考えたほうがいいな」
「わかった。俺が思った程度で勝手にかなえるなよ。ちゃんと頼むときはお前を呼ぶから」
「了解だ」
帰宅すると、普段寝ていることの多い妹が元気そうにしていた。母親もうれしそうにしていて、俺も笑顔になった。そう考えると、家族が死んだ場合をはじめて考えた。山田の家族はどのくらい悲しんだのだろう? 家族が何人いたとか妻や子供がいたのかも知らないが、きっと誰かを悲しませてしまった。それは山田の親かもしれないし、兄弟かもしれない。誰かが悲しんでいる。学校の生徒でも悲しんでいる奴はいた。俺のひとことが、人の命を奪ったのだ。
俺のせいだ……。俺は辛い気持ちに苛まれた。後悔と懺悔の気持ちでいっぱいになったのだ。
「全知全能の神になったら俺は罪滅ぼしをできるのだろうか?」
俺は自分の部屋に戻り、神とやらに問いただす。
待っていたかのように、全知全能の神が語りだす。
「神になりたいのか?」
「いますぐじゃないよ、寿命を全うして死んだ後に、神として償いをすることは可能かって聞いているんだ」
「可能さ。じゃあおまえを次の神にしよう」
「今すぐ神にならないか? 今、神の力を手に入れればお前はもっと有能な人間になれるだろ? 受験だって簡単に合格できるし、夢が何でもかなうのだぞ」
甘い誘惑が俺を惑わした。意志の弱い俺はすぐさま誘惑に乗ってしまった。
「生きながら神になれるのか?」
「ああ、なれるさ、実際日本にはたくさんの神社仏閣があるだろ。小さな地蔵も含めたら本当に神はたくさん存在している」
神が断言する。
「じゃあ神になるよ」
その場で即決してしまった。それがどんなに大変なことかも知らずに。
その瞬間俺の体は透明になり、実体がなくなった。怖いがそれが現実だ。
そして、目の前に俺がいる。これは、どういうことだろう?
「悪いな、新しい神様。俺は今日からおまえとして生きることにするよ」
俺の姿をした神がささやく。
「どういうことだ?」
俺はあわてて問いただす。
「次の神が見つかったら、神の中身が入れ替わるというシステムなんだ。生きながら神になっているというのは嘘じゃない」
何? 交代制だと。神は入れ替わり制なのだろうか。
「でも、俺はどうすればいいんだよ? 体がないじゃないか」
「次の神を見つけて入れ替わるということが必要だ。ちなみに、俺は10年かかっている。次の神にふさわしいのは、単純で、世界は自分中心に回っていると勘違いする自信過剰なところがある奴だ。そして、お人好しで騙されやすい奴だ。そういう奴は自分が神になることを希望する。なかなか現れなくってな、祠の前で死んでしまえというお前が現れた時は、チェンジのための救世主だと思ったんだ。あと二回しかねがいはかなえられないというのも、お前が神になりたいと言わせるように仕向けるための嘘だ」
「神のくせに嘘つきかよ。神様って好きで慈善事業やっているんだろ。お前はずっと神としていいことをするべきだ」
一応正論を言って神を説得してみた。すると、全知全能だった元神様が俺の姿形になって語り掛ける。
「神は楽じゃない。自分のために力を使えないのだ。他人のために力を使うしかなく、また入れ替わることができる新たな人間を探すという長い長い時間を過ごさなくてはいけない。俺は10年かかったが、お前が利口ならば10年以内に見つかると思うぞ、まぁがんばれ」
そんな皮肉めいたことを言って元神は俺になる。そして、俺は新しい神になったらしい。自分へは無力だ。馬鹿げているな。そうか、神様は他人のために奉仕するから拝まれているのか。そうだよな、ただで願いをかなえてくれるなんて都合のいい話だ。初詣や困った時だけ頼る人間は愚かだな。神に選ばれた人間というのは名誉ではない。災難だということを痛感した。
「うるせー、豊村《とよむら》」
いつものように小言がうるさい幼馴染の豊村あいか。中学生にもなって親し気に接するので正直迷惑だ。俺と彼女は家も近く仕方なく一緒に帰ることが多い。
「最近私のこと、あいかって呼ばないんだね、あっくんが嫌がるから名字で呼んでるけどさ、本当はあっくんのほうが呼びやすいのにぃ」
「別に仲良くもないのに下の名前で呼ぶなんておかしいだろ、俺の名前はあっくんではなくあつしだし」
「物心つく前から私たち仲良しだったでしょ」
「それはガキの時だろ。今はクラスのみんなの目もあるし、変に仲良くしていたらおかしいだろ」
胸糞悪い放課後、俺と幼馴染の豊村はいつもの帰宅する道を通る。豊村はガキの頃からの知り合いだが、俺は距離を取りたいと思っている。豊村はあいかわらず小学生の頃と変わらない距離で接して来る。正直うざい。
優等生とは真逆の劣等生の俺は、教師に目の敵にされ、濡れ衣を着せられた。財布を盗んだという疑いをかけられ、俺が犯人だという証拠もないまま、俺だということになってしまった。
問題児というレッテルはそうそう簡単にはがれるものではない。ならば、勲章のように掲げよう。そんな感じで、胸を張りながら田舎道を歩く。俺の家の近くには古い祠があり、何の神様かもわからないのだが、昔から祀られているらしい。たいていは何かが祀られていて、日本人の大半はとりあえず、手を合わせて拝んでおけばいいだろうとか神ならばとりあえず崇めておけなんていう精神の持ち主が多いのだが、俺はとりあえず拝むとか崇めるとか得体のしれないものに対してそういった感情は持たない主義だ。
俺はその祠のほうに向かって叫んでみる。
「俺は、馬鹿だが、盗みなんてはしないっつーの、山田の野郎死んじまえ!!」
豊村しかいないこの田舎道で好きなことを叫ぶ。言論の自由だ。誰にも迷惑をかけずに憂さ晴らしをするというのは滑稽だが、胸糞悪い本人にとっては一番の良薬だ。
実際人殺しを本当にするわけではないが、死ねと叫ぶだけで、その人物が一瞬だけでもいなくなってくれたかのような壮快な喜びを感じていた。俺は心がよどんでいるらしい。もう、あどけない純真な気持ちなど残っていないのかもしれない。
「山田を殺せばいいのか?」
俺は耳を疑った。知らない声が脳に響いたのだ。しかし、周囲を見回しても誰もいない。誰かのいたずらにしては何かがおかしい。豊村には聞こえていないようだった。
「殺しても構わないぞ」
俺は空に向かって叫んだ。死んじまえではなく、殺しても構わないというソフトな表現にしたのは俺の人間としての優しさだったのかもしれないし、得体のしれない声に警戒していたからなのかもしれない。
「山田を殺してやるぞ」
得体のしれない不気味な声の主は相変わらずどこにもいないが、俺の脳に語り掛けてきた。少し不気味な生暖かい風が俺の頬を撫でた。俺の背筋がぞくっとしたのだが、ケンカじゃ負けない男としてのプライドが恐怖心をひた隠す。
俺はいよいよ声の存在が怖くなってきて、その場を去ることにした。豊村はどうしたのという顔をしたが、俺は何も聞いていない、何も知らないと自分自身を洗脳しながら一目散に自宅に帰宅した。
本当の恐怖は翌日の中学校だった。突然の全校集会と訃報だ。教師の山田が急に心不全で死亡したらしい。まだ50歳くらいだろうか。よくあることでもない偶然の一致に俺は内心、びくついていた。山田は健康だったそうだ。持病はない。しかし、高齢というほどでもない山田がそんなに簡単に死ぬのか? 心臓が急に止まるものなのか? 俺のせい?? 俺は自問自答した。きっと偶然の一致だ。絶対そうだ。俺は、神でも魔法使いでも超能力者でもない。だから、俺は無関係だ。
――あの声の主が犯人なのだろうか? 俺は怖くなった。朝は祠を見ないように歩いて登校した。朝は通勤や通学の人がまばらにいるので比較的不気味な雰囲気はないのだが、帰りは人通りが少ないので、少々不気味だ。俺は、あの祠のことが頭から離れなかった。
そんなことを悩みながらテストを受けていたのだが、やっぱり回答がわからない。俺は優等生ではないし、勉強熱心ではないから問題なんてすらすら解けたためしもない。ため息をつきながら、答案用紙を見つめた。
「100点満点を一度でもとってみたいな」
心の中で、勉強ができない自分に嫌気がさして、願望を唱える。心の中の声なんて誰にも聞こえないし、願望なんて誰にでもあるものだ。
「100点満点とらせてあげよう」
という声と共に、不思議なことに、問題の答えが答案用紙に透けて見えるという出来事が起こった。なぜか問題が理解できているのだ。そして、答えが見えたのだ。普通ありえないできごとだった。それは、まるで魔法だ。勉強なんてしていないし、授業もあまり聞いてもいない俺がこんなにサクサク解けるはずがないのだ。しかし、実際問題を解けるという事態が目の前で起きたのだった。俺は不思議な気持ちになっていたのだが、いいことが目の前で起きたという現実に少し調子に乗っている自分がいた。
人を殺したのは俺ではないし、山田が勝手に死んだだけだ。偶然だ。そして、目の前のテストの答えが全て完璧に解けたのは俺の実力なのかもしれない。自分のいいように勝手に解釈している自分がいた。
案の定クラスでたった一人だけの100点という実績を残す。生まれて初めての100点だ。うれしい気持ちになると同時に、クラスでたった一人だけの100点を問題児の俺がとったという事実が存在した。クラスのみんなの驚きと羨望のまなざしを感じて、気分が高揚していた。
「なぁ、100点を取った気分はどうだ?」
脳に誰かが語り掛ける。他の皆には聞こえていないようだ。
「誰だお前は?」
心の中で語り掛けてみる。ずっと気になっていた張本人から声をかけてきたらしい。得体のしれない何かと会話をするのは人一倍勇気がいる。
「祠にまつられた全知全能の神だよ。困った人を助けるためには世間でいう正義や悪の基準は関係ない。それが、私さ」
謎の男の声だ。成人男性だと思われる。
「なんでも、困った事があったら語り掛けてくれ。私は君のためにならば何でもしてあげるから」
「本当に神なのか?」
「そうさ、祠の前で死んでしまえと言ったから、山田は殺した」
「嘘だ、神は悪いことをしないだろ。悪魔とかそういった類なんじゃないのか?」
「実際100点満点を取らせてあげたじゃないか。神様にしかできない芸当じゃないか」
「じゃあ俺のいいなりで、どんなことでもやってくれるのか」
「実は、もう私は高齢でな。ずいぶん前から神をやっているのだが、最近は引退を考えておる。体力的にあと2回が限界かな」
あと2回と言われるとねがいも慎重になるな。
「あのさ、俺の妹ずっと病気で寝たきりなんだ。長生きもできないって言われているけど、妹を健康な体にしてやってほしい」
「お前、案外いい奴だな。昨日は殺人を願ったのに、身内には優しいのだな」
「別に、本気で殺人を願ってなんかいない。おまえが勝手に殺したのだろ?」
「妹の体を治してやった。あと一つはよーく考えたほうがいいな」
「わかった。俺が思った程度で勝手にかなえるなよ。ちゃんと頼むときはお前を呼ぶから」
「了解だ」
帰宅すると、普段寝ていることの多い妹が元気そうにしていた。母親もうれしそうにしていて、俺も笑顔になった。そう考えると、家族が死んだ場合をはじめて考えた。山田の家族はどのくらい悲しんだのだろう? 家族が何人いたとか妻や子供がいたのかも知らないが、きっと誰かを悲しませてしまった。それは山田の親かもしれないし、兄弟かもしれない。誰かが悲しんでいる。学校の生徒でも悲しんでいる奴はいた。俺のひとことが、人の命を奪ったのだ。
俺のせいだ……。俺は辛い気持ちに苛まれた。後悔と懺悔の気持ちでいっぱいになったのだ。
「全知全能の神になったら俺は罪滅ぼしをできるのだろうか?」
俺は自分の部屋に戻り、神とやらに問いただす。
待っていたかのように、全知全能の神が語りだす。
「神になりたいのか?」
「いますぐじゃないよ、寿命を全うして死んだ後に、神として償いをすることは可能かって聞いているんだ」
「可能さ。じゃあおまえを次の神にしよう」
「今すぐ神にならないか? 今、神の力を手に入れればお前はもっと有能な人間になれるだろ? 受験だって簡単に合格できるし、夢が何でもかなうのだぞ」
甘い誘惑が俺を惑わした。意志の弱い俺はすぐさま誘惑に乗ってしまった。
「生きながら神になれるのか?」
「ああ、なれるさ、実際日本にはたくさんの神社仏閣があるだろ。小さな地蔵も含めたら本当に神はたくさん存在している」
神が断言する。
「じゃあ神になるよ」
その場で即決してしまった。それがどんなに大変なことかも知らずに。
その瞬間俺の体は透明になり、実体がなくなった。怖いがそれが現実だ。
そして、目の前に俺がいる。これは、どういうことだろう?
「悪いな、新しい神様。俺は今日からおまえとして生きることにするよ」
俺の姿をした神がささやく。
「どういうことだ?」
俺はあわてて問いただす。
「次の神が見つかったら、神の中身が入れ替わるというシステムなんだ。生きながら神になっているというのは嘘じゃない」
何? 交代制だと。神は入れ替わり制なのだろうか。
「でも、俺はどうすればいいんだよ? 体がないじゃないか」
「次の神を見つけて入れ替わるということが必要だ。ちなみに、俺は10年かかっている。次の神にふさわしいのは、単純で、世界は自分中心に回っていると勘違いする自信過剰なところがある奴だ。そして、お人好しで騙されやすい奴だ。そういう奴は自分が神になることを希望する。なかなか現れなくってな、祠の前で死んでしまえというお前が現れた時は、チェンジのための救世主だと思ったんだ。あと二回しかねがいはかなえられないというのも、お前が神になりたいと言わせるように仕向けるための嘘だ」
「神のくせに嘘つきかよ。神様って好きで慈善事業やっているんだろ。お前はずっと神としていいことをするべきだ」
一応正論を言って神を説得してみた。すると、全知全能だった元神様が俺の姿形になって語り掛ける。
「神は楽じゃない。自分のために力を使えないのだ。他人のために力を使うしかなく、また入れ替わることができる新たな人間を探すという長い長い時間を過ごさなくてはいけない。俺は10年かかったが、お前が利口ならば10年以内に見つかると思うぞ、まぁがんばれ」
そんな皮肉めいたことを言って元神は俺になる。そして、俺は新しい神になったらしい。自分へは無力だ。馬鹿げているな。そうか、神様は他人のために奉仕するから拝まれているのか。そうだよな、ただで願いをかなえてくれるなんて都合のいい話だ。初詣や困った時だけ頼る人間は愚かだな。神に選ばれた人間というのは名誉ではない。災難だということを痛感した。