まどろみの中で、勇者だったはずの男が絶句する。脳内は、混乱した状態だった。
あれ……ここはどこだ? なんだこの部屋は? この書物には俺が描いてあるではないか。なぜだ、俺は勇者だぞ。ここは、異世界なのか? 森も城も剣もない。敵はいないのか? なんだこの変な服は? 俺のいつもの戦闘服はどこだ? この画面に映っている男は俺自身ではないか。
「おい、貴様なぜ俺の剣と服を所持しているのだ?」
画面に向かって自分に話しかけてみた。
すると画面から勇者の格好をした自分と同じ顔の男が答えたのだ。
「あれ? 勇者ミカゲ様ですか? 僕、ゲームをしていた者ですが。気づいたらなぜかあなたの格好をしていたのです。あなたがなぜ僕の服を着ているのですか? あなたの見た目は、僕自身ですが……」
「入れ替わったというのか? ゲームプレイヤーとゲームキャラクターが……」
勇者は絶句した。
「僕はスマホから、今、あなたを見ていますが。あなたはテレビから話しかけているのですか?」
「この四角い画面はテレビというのか? スマホ……? なんだそれは?」
「スマートフォンというものがあるのですが、通信機器の電話です。元に戻るまであなたは僕として生活してください」
「なぜだ? 俺は勇者だぞ」
「勇者だろうと今のあなたは僕です。僕として生活してくれないのならば敵にやられて今すぐ、死にますよ」
「それは困る……。わかった……元に戻るまではここでお前のふりをして生活をしてみる」
「僕も殺されないように全力でこの世界で生活します。困ったときは、そこにあるテレビから話しかけるか、もう一つ僕の机の上にあるスマホがあるので、それから話しかけてみてください。スマホの電源を入れてみてください」
「電源だと?」
全くこの世界を知らない勇者は初めてのスマホに手を触れた。
「丸いボタンが下にありますよね。電源が入っているので画面に触れてみてください」
勇者は人生初のスマホに触れた。すると、画面から通常は光らないような大量の光と共に俺自身の姿がうつった。――とはいっても見た目は自分ではない誰か……なのだが。
「スマホは充電が必要なので、時々コンセントに差し込んで充電してください」
「充電だと?」
「僕の机にさしてある白い線の先をスマホの下にある穴に差し込んでください。充電しないと使えなくなりますから」
「面倒な代物だな……」
勇者は自分の面倒な運命をあきらめた。
「貴様の名前は何だ?」
「羽柴翔といいます」
「ハシバショウ?」
「高校1年生のゲーム好きで、アニメ好きの十六歳です」
「プレイヤーなら俺様のことは知っているよな?」
「大変よく知っていますよ。毎日勇者になったつもりでゲームしていましたから。原作の漫画やアニメも熟知しています」
「ちなみにゲームキャラクターは基本的にプレイヤーがプレイしていないときには 身に大きな危険が起こることはないから、安心しろ」
「さっき雑魚キャラがおそってきましたが……」
「それは貴様がプレイしていたからではないのか? たぶん終了していないまま、貴様はゲームの世界へ行ったのだ。とりあえず、元に戻るまでは貴様を演じるから、貴様も俺の顔に泥を塗らないようにしろよ」
よくわからないが、二人は入れかわったのだ。
♢♢
俺はゲームの世界の主人公で勇者のミカゲという。しかしながら、ずいぶん冴えない姿になったものだ。地味で特徴のない顔立ちといい、体力のなさといい……翔という男は、とんでもなく軟弱な男のようだ。
家族にはどうかしたのかと心配され、羽柴にスマホで案内してもらい、なんとか学校という場所に来てみたのだが、こいつには仲間がいないのか? ゲームの世界では、仲間がたくさんいたようだが……現実の世界では、友達が一人もいないようだ。誰も声をかけてこない。とりあえず黙って授業を聞いていればいいのか?
勇者には教養が必要だ。学校はゲームの世界で行っていたので、こちらの世界の勉強というものは一通り理解している。むしろ、ゲームの世界の学校のほうが、難しい内容を学習した。勇者はもちろん、成績は優秀だった。ここの勉強は退屈だ。1日がとても長く感じられる。
昼休み―――
俺は、女どもが一人の女子をいじめている現場を発見してしまった。
勇者である俺はそういった悪事を放っておけない。
「おい、貴様ら何をしている?」
一瞬、剣を抜こうとしたが――剣はもちろん背中にはなかった。
仕方ない。気迫で追い払うか。
性根の腐った女子たちが「羽柴のくせに」と言いながら、去っていった。
「大丈夫か?」
「ありがとう」
その女子は同じクラスの新城芽久美《《しんじょうめくみ》》という名前だということが後々わかった。
元々ひとりぼっちだった俺にそれ以来、話しかけてくるようになった。
彼女もひとりぼっちらしい。喜ばしいことに、ようやくこの世界で話し相手ができたのだ。
そのことを学校が終わってから、俺の姿をした翔に報告すると―――
「……新城さん? クラスメイトだけれど、女子からいじめを受けている女の子じゃないか……」
「いじめられていたのを知っていたのか?」
「知っていたけれど――助けることは、なかなかできずにいたんだ。助けてくれたんだね」
「なんで困っている人を助けない? それでも貴様は勇者か?」
「勇者じゃないよ。普通以下の人間さ。元々僕は力も弱いし、能力も低いし……」
「ゲームのプレイ中は勇者を気取っていたくせに。羽柴、そちらの生活はどうだ?」
「ぼちぼち楽しんでいるよ」
ぼっちだった俺はここで話すことのできる相手ができた。新城だ。彼女は休み時間や昼休みになるといつも話しかけてくる。本当はこの女も友達がほしいのだろう。仕方がない、つきあってやるか。
俺様のゲームの話をしていたクラスの男子がいたのでゲームについて裏話的なものを話したら、そいつらも話しかけてくるようになった。俺様は勇者だからな。ゲームの世界ならばどんどん仲間が増えていくだろ? この世界も同じだ。自然と俺様の周りの色々な奴らが話しかけてくるようになった。テストの成績が良ければ、羨望のまなざしで同級生が見てくるようになった。当然だ、俺様は勇者だからな。
そんな毎日の中――
知らない女子に「好きです。つきあってください」と言われたが――
この体はあの男のものだから、返事は少し待ってもらうことにした。
あいつとは毎日頻繁に連絡を取っている。本人に聞いてみないとな。
「実は、今日付き合ってほしいと言われたのだが……」
「ええぇ?? 名前はなんていう女の子なの?」
「たしか、山浦るみか、だったかな……」
「その人結構かわいい感じじゃない? でも……なんで僕なんかに?」
「いや、中身は勇者の俺様だから人気があって当然だろ?」
「返事はどうする?」
「オーケーしておいて」
「わかった」
これで初めての彼女ができた。まぁ、俺の彼女じゃないけどな。
翌日――
「昨日の返事だけど……」
緊張した表情の、るみか。
「付き合っても構わねーよ」
自分のことではないが、少し照れてしまい、視線は斜め上だった。
彼女の笑顔がほころぶ。やたらうれしそうじゃないか。
「るみかって呼んでね。翔君」
いきなり下の名前か……積極的だな。
昼休みになると、るみかが一緒に弁当を食べようとやってきた。
既に最初にできた友達の新城と俺様はランチタイムをしていた。
やってきたるみかは――
「新城さん、私と翔君付き合うことになったの。新城さんも一緒にランチする?」
なんとも嫌そうな顔をしながら話しかける。
一緒にランチする? という台詞は普通は最初からいた人物が言う台詞だ。後から来た人物が言う台詞ではない。
「ごめんね、私自分の席で食べるね」
おとなしい新城は気まずそうにその場を去った。
このるみかという女は性根が腐っているのか?
それ以来るみかという女は、しょっちゅう俺のところにやってくる。
正直、話の内容は面白いものではない。
どうでもいいような悪口ばかりで、勇者である俺も疲れてきていた。
そのかわりあんなに俺に話しかけてきていた新城は、全く来なくなった。女と付き合うことというのは、本当に面倒だ。一緒に帰ったり、スマホに連絡してきたり……どうでもいいのだが、この体の主が付き合いたいというのだからしょうがない。じきに戻れるだろうという根拠のない自信もあったしな。
「それで、るみかさんと付き合いはうまくいっているの?」
今日は部屋でテレビ越しに連絡していた。
なんとゲームの国でもテレビがあってテレビと僕の部屋のテレビや勇者のもつスマホがつながることがわかったのだ。それは大変不思議なことだが、僕と勇者ミカゲが所有しているものであれば、話したいときにテレビ電話として使えるという法則のようだ。大変便利でありがたい法則があったものだ。
「付き合うってそもそもなんだ? 昼飯を一緒に食べたり、スマホで連絡することなのか?」
「ミカゲは付き合ったことないの?」
「……ない」
「勇者なのに?」
「勇者と恋人は別物だろう。それにキャラ設定にそういう設定がなかったのだ」
「ミカゲは普段どこで寝泊まりしていたの?」
「旅をしているときは、木陰とか洞窟とか……一応、村に俺の家はあるが、誰も今は住んでいない。そこへ行け。あと、性格が悪いるみかという女とは別れる」
そう言うとミカゲはガチャリとテレビを切ってしまった。
勇者ミカゲではなくなった元勇者。この現実世界では羽柴翔という名前だ。不便な体だ。すぐ疲れるし息は切れるし重いものは持てないし……見た目もずいぶんキャラクター性の薄いどこにでもあるモブ顔だ。
とりあえず人の悪口ばかりしゃべる女とは別れた。秒速で断りを入れた。うんざりだ。なぜ俺様があんな性悪と付き合わなければいけないのだ。
「やっぱり友達に戻ろう」
さらっと言えたぞ。
るみかという女も、そこまで羽柴には執着がなかったのか、しつこく言い寄ってくることも復縁を迫ることもなかった。むしろ私が付き合ってやったのに……とでも思っていたのかもしれない。
あれは以前よく話した、新城芽久美じゃないか? 俺が主人公の漫画の原作を持っているではないか。これは主人公本人としてゲーム世界について語らなければな。
「その漫画好きなのか?」
背後から話しかけてみた。
「羽柴君、彼女さんに悪いから、気を遣わないで」
「別れたから彼女などいない」
「なんか羽柴君キャラ変わったよね。俺様キャラになったというか。この漫画の主人公みたい」
まぁ、主人公本人だからな。貴様、なかなか鋭いな。
「以前の俺がどうかしていただけだ。どのキャラが好きなのだ?」
「勇者ミカゲってかっこいいよね」
「そうだな」納得する俺。
「でも、自分勝手というか、我が強すぎて付き合うのは大変そう」
「そうか? 意外といい奴かもしれないぞ。勇者だからな」
一応フォローしておかなくては。名誉のために。
「でも、羽柴君がこんなに話しやすい人でよかった。クラスの女子に馴染めなくて。話し相手もいなかったし」
新城は微笑んだ。
最近、スマホから妙な光が出る。もしかして、無理に開いた扉のせいだろうか? 二つの世界のゆがみが発生しているのではないか? 不安がよぎる。
「私、羽柴君のこと好きだな」
それは突然の新城からの告白だった。勇者のような恋愛に不慣れなタイプでも、彼女の寄せる好意には薄々気づいていた。いつも話しているときに、にこにこ笑っている新城のことは大好きだ。ただ、勇者にはライクなのかラブなのか、その気持ちは自身ではわからなかった。
自分がいた世界のアニメやゲームが好きだという彼女には親しみが持てたし、断る理由は思いつかなかった。
「俺も貴様は好きだな……ひとつ話しておきたいことがある」
そう言うと、勇者はスマホを彼女に見せた。
信じてもらえないかもしれないけれど――自分はゲームの世界の人間で、中身のみ入れ替わっているという事実を伝えた。
彼女は最初こそ驚いた顔をしたが――
「以前と性格が違うのは、そういうことなのか」と納得した。
意外だが、不思議な話を信じる天然系らしい反応だともいえる。
「ねぇ、何度も1からゲームが始まったり、何度もやられたりするゲームキャラクターは理不尽なもの?」
「いちいち気にしていられないさ。何度ループしようとそれがさだめだしな。リセットできることは割と便利なものだ。こちらの世界の人間はリセットできないから大変だろうな」
「たしかに、私たちは不便かもしれないね。その発想、やっぱり勇者って面白い!」
最近、スマホが熱くなる。妙な光が放たれることがあるように思う。
そんなに使ってはいないはずなのだが――リアルとバーチャルの出入り口となっている場所だからなのか? 何かわからないが、時空の負荷がかかっているように感じた。
そのとき、雷のような閃光が光った。
それはきっと、入れ替わりの光なのだと確信した。
俺は覚悟した。この楽しかった世界にお別れしなければいけないことを。
再び、平穏な日常が訪れた。元々の羽柴翔に対して、新城は告白したことを伝えなかった。あの気持ちは勇者への想いだったのだから。
そのかわり、クラスメイトとして二人の関係は良好だった。いつの間にかこちらの世界へ戻ったあとは、友達が自然にできていた。やはり勇者の力は偉大だと羽柴は感じていた。
見た目が同じなのに、以前とは全く違うクラスメイトの反応と羽柴に対する位置づけが妙におかしくもあった。そして、勇者から学んだことがある。いじめを見て見ぬふりはやめることにした。これでも、一時期勇者だった男だからな。勇者からたくさんのことを学び、たくさんの変化があった。
ゲームキャラって所詮プレイヤーに操られていてかわいそう? リセットなんて簡単? そんなことはないさ。彼らは与えられた場所で仕事をしているのだ。プレイヤーを楽しませ、夢を与えているなんてすばらしい仕事だと思わないか? 俺はたちは、もう二度といれかわることはないだろうと覚悟していたのだが――
「あれ?」
また今日も入れ替わっている。あれ以来、何度も勇者とゲーマーが入れ替わる現象がループする。原因がわからないので、どうにもならないが、時は確実に進んでいるのに、入れ替わりは続く。まるで、選択肢のない人生のゲームのようだ。もう自分自身で選択権も拒否権もない。
♢♢♢
勇者に会いたい新城は勇者を呼び戻す儀式を何度もしていた。入れ替わったあの日も、新城は勇者を召還するという儀式を行っていた。その結果、羽柴翔が勇者と入れ替わるという事実が起こった。黒魔術だ。新城はあまりにもゲームにのめり込みすぎて、勇者ミカゲがこの世のどこかにいるはずだと思っていた。そして、本当に新城のクラスに勇者がやってきた。味を占めた新城。さらに黒魔術に磨きをかける新城は、ミカゲがこちらに来るのであれば、羽柴がどうなろうとしったことではないと思っていた。
あれ……ここはどこだ? なんだこの部屋は? この書物には俺が描いてあるではないか。なぜだ、俺は勇者だぞ。ここは、異世界なのか? 森も城も剣もない。敵はいないのか? なんだこの変な服は? 俺のいつもの戦闘服はどこだ? この画面に映っている男は俺自身ではないか。
「おい、貴様なぜ俺の剣と服を所持しているのだ?」
画面に向かって自分に話しかけてみた。
すると画面から勇者の格好をした自分と同じ顔の男が答えたのだ。
「あれ? 勇者ミカゲ様ですか? 僕、ゲームをしていた者ですが。気づいたらなぜかあなたの格好をしていたのです。あなたがなぜ僕の服を着ているのですか? あなたの見た目は、僕自身ですが……」
「入れ替わったというのか? ゲームプレイヤーとゲームキャラクターが……」
勇者は絶句した。
「僕はスマホから、今、あなたを見ていますが。あなたはテレビから話しかけているのですか?」
「この四角い画面はテレビというのか? スマホ……? なんだそれは?」
「スマートフォンというものがあるのですが、通信機器の電話です。元に戻るまであなたは僕として生活してください」
「なぜだ? 俺は勇者だぞ」
「勇者だろうと今のあなたは僕です。僕として生活してくれないのならば敵にやられて今すぐ、死にますよ」
「それは困る……。わかった……元に戻るまではここでお前のふりをして生活をしてみる」
「僕も殺されないように全力でこの世界で生活します。困ったときは、そこにあるテレビから話しかけるか、もう一つ僕の机の上にあるスマホがあるので、それから話しかけてみてください。スマホの電源を入れてみてください」
「電源だと?」
全くこの世界を知らない勇者は初めてのスマホに手を触れた。
「丸いボタンが下にありますよね。電源が入っているので画面に触れてみてください」
勇者は人生初のスマホに触れた。すると、画面から通常は光らないような大量の光と共に俺自身の姿がうつった。――とはいっても見た目は自分ではない誰か……なのだが。
「スマホは充電が必要なので、時々コンセントに差し込んで充電してください」
「充電だと?」
「僕の机にさしてある白い線の先をスマホの下にある穴に差し込んでください。充電しないと使えなくなりますから」
「面倒な代物だな……」
勇者は自分の面倒な運命をあきらめた。
「貴様の名前は何だ?」
「羽柴翔といいます」
「ハシバショウ?」
「高校1年生のゲーム好きで、アニメ好きの十六歳です」
「プレイヤーなら俺様のことは知っているよな?」
「大変よく知っていますよ。毎日勇者になったつもりでゲームしていましたから。原作の漫画やアニメも熟知しています」
「ちなみにゲームキャラクターは基本的にプレイヤーがプレイしていないときには 身に大きな危険が起こることはないから、安心しろ」
「さっき雑魚キャラがおそってきましたが……」
「それは貴様がプレイしていたからではないのか? たぶん終了していないまま、貴様はゲームの世界へ行ったのだ。とりあえず、元に戻るまでは貴様を演じるから、貴様も俺の顔に泥を塗らないようにしろよ」
よくわからないが、二人は入れかわったのだ。
♢♢
俺はゲームの世界の主人公で勇者のミカゲという。しかしながら、ずいぶん冴えない姿になったものだ。地味で特徴のない顔立ちといい、体力のなさといい……翔という男は、とんでもなく軟弱な男のようだ。
家族にはどうかしたのかと心配され、羽柴にスマホで案内してもらい、なんとか学校という場所に来てみたのだが、こいつには仲間がいないのか? ゲームの世界では、仲間がたくさんいたようだが……現実の世界では、友達が一人もいないようだ。誰も声をかけてこない。とりあえず黙って授業を聞いていればいいのか?
勇者には教養が必要だ。学校はゲームの世界で行っていたので、こちらの世界の勉強というものは一通り理解している。むしろ、ゲームの世界の学校のほうが、難しい内容を学習した。勇者はもちろん、成績は優秀だった。ここの勉強は退屈だ。1日がとても長く感じられる。
昼休み―――
俺は、女どもが一人の女子をいじめている現場を発見してしまった。
勇者である俺はそういった悪事を放っておけない。
「おい、貴様ら何をしている?」
一瞬、剣を抜こうとしたが――剣はもちろん背中にはなかった。
仕方ない。気迫で追い払うか。
性根の腐った女子たちが「羽柴のくせに」と言いながら、去っていった。
「大丈夫か?」
「ありがとう」
その女子は同じクラスの新城芽久美《《しんじょうめくみ》》という名前だということが後々わかった。
元々ひとりぼっちだった俺にそれ以来、話しかけてくるようになった。
彼女もひとりぼっちらしい。喜ばしいことに、ようやくこの世界で話し相手ができたのだ。
そのことを学校が終わってから、俺の姿をした翔に報告すると―――
「……新城さん? クラスメイトだけれど、女子からいじめを受けている女の子じゃないか……」
「いじめられていたのを知っていたのか?」
「知っていたけれど――助けることは、なかなかできずにいたんだ。助けてくれたんだね」
「なんで困っている人を助けない? それでも貴様は勇者か?」
「勇者じゃないよ。普通以下の人間さ。元々僕は力も弱いし、能力も低いし……」
「ゲームのプレイ中は勇者を気取っていたくせに。羽柴、そちらの生活はどうだ?」
「ぼちぼち楽しんでいるよ」
ぼっちだった俺はここで話すことのできる相手ができた。新城だ。彼女は休み時間や昼休みになるといつも話しかけてくる。本当はこの女も友達がほしいのだろう。仕方がない、つきあってやるか。
俺様のゲームの話をしていたクラスの男子がいたのでゲームについて裏話的なものを話したら、そいつらも話しかけてくるようになった。俺様は勇者だからな。ゲームの世界ならばどんどん仲間が増えていくだろ? この世界も同じだ。自然と俺様の周りの色々な奴らが話しかけてくるようになった。テストの成績が良ければ、羨望のまなざしで同級生が見てくるようになった。当然だ、俺様は勇者だからな。
そんな毎日の中――
知らない女子に「好きです。つきあってください」と言われたが――
この体はあの男のものだから、返事は少し待ってもらうことにした。
あいつとは毎日頻繁に連絡を取っている。本人に聞いてみないとな。
「実は、今日付き合ってほしいと言われたのだが……」
「ええぇ?? 名前はなんていう女の子なの?」
「たしか、山浦るみか、だったかな……」
「その人結構かわいい感じじゃない? でも……なんで僕なんかに?」
「いや、中身は勇者の俺様だから人気があって当然だろ?」
「返事はどうする?」
「オーケーしておいて」
「わかった」
これで初めての彼女ができた。まぁ、俺の彼女じゃないけどな。
翌日――
「昨日の返事だけど……」
緊張した表情の、るみか。
「付き合っても構わねーよ」
自分のことではないが、少し照れてしまい、視線は斜め上だった。
彼女の笑顔がほころぶ。やたらうれしそうじゃないか。
「るみかって呼んでね。翔君」
いきなり下の名前か……積極的だな。
昼休みになると、るみかが一緒に弁当を食べようとやってきた。
既に最初にできた友達の新城と俺様はランチタイムをしていた。
やってきたるみかは――
「新城さん、私と翔君付き合うことになったの。新城さんも一緒にランチする?」
なんとも嫌そうな顔をしながら話しかける。
一緒にランチする? という台詞は普通は最初からいた人物が言う台詞だ。後から来た人物が言う台詞ではない。
「ごめんね、私自分の席で食べるね」
おとなしい新城は気まずそうにその場を去った。
このるみかという女は性根が腐っているのか?
それ以来るみかという女は、しょっちゅう俺のところにやってくる。
正直、話の内容は面白いものではない。
どうでもいいような悪口ばかりで、勇者である俺も疲れてきていた。
そのかわりあんなに俺に話しかけてきていた新城は、全く来なくなった。女と付き合うことというのは、本当に面倒だ。一緒に帰ったり、スマホに連絡してきたり……どうでもいいのだが、この体の主が付き合いたいというのだからしょうがない。じきに戻れるだろうという根拠のない自信もあったしな。
「それで、るみかさんと付き合いはうまくいっているの?」
今日は部屋でテレビ越しに連絡していた。
なんとゲームの国でもテレビがあってテレビと僕の部屋のテレビや勇者のもつスマホがつながることがわかったのだ。それは大変不思議なことだが、僕と勇者ミカゲが所有しているものであれば、話したいときにテレビ電話として使えるという法則のようだ。大変便利でありがたい法則があったものだ。
「付き合うってそもそもなんだ? 昼飯を一緒に食べたり、スマホで連絡することなのか?」
「ミカゲは付き合ったことないの?」
「……ない」
「勇者なのに?」
「勇者と恋人は別物だろう。それにキャラ設定にそういう設定がなかったのだ」
「ミカゲは普段どこで寝泊まりしていたの?」
「旅をしているときは、木陰とか洞窟とか……一応、村に俺の家はあるが、誰も今は住んでいない。そこへ行け。あと、性格が悪いるみかという女とは別れる」
そう言うとミカゲはガチャリとテレビを切ってしまった。
勇者ミカゲではなくなった元勇者。この現実世界では羽柴翔という名前だ。不便な体だ。すぐ疲れるし息は切れるし重いものは持てないし……見た目もずいぶんキャラクター性の薄いどこにでもあるモブ顔だ。
とりあえず人の悪口ばかりしゃべる女とは別れた。秒速で断りを入れた。うんざりだ。なぜ俺様があんな性悪と付き合わなければいけないのだ。
「やっぱり友達に戻ろう」
さらっと言えたぞ。
るみかという女も、そこまで羽柴には執着がなかったのか、しつこく言い寄ってくることも復縁を迫ることもなかった。むしろ私が付き合ってやったのに……とでも思っていたのかもしれない。
あれは以前よく話した、新城芽久美じゃないか? 俺が主人公の漫画の原作を持っているではないか。これは主人公本人としてゲーム世界について語らなければな。
「その漫画好きなのか?」
背後から話しかけてみた。
「羽柴君、彼女さんに悪いから、気を遣わないで」
「別れたから彼女などいない」
「なんか羽柴君キャラ変わったよね。俺様キャラになったというか。この漫画の主人公みたい」
まぁ、主人公本人だからな。貴様、なかなか鋭いな。
「以前の俺がどうかしていただけだ。どのキャラが好きなのだ?」
「勇者ミカゲってかっこいいよね」
「そうだな」納得する俺。
「でも、自分勝手というか、我が強すぎて付き合うのは大変そう」
「そうか? 意外といい奴かもしれないぞ。勇者だからな」
一応フォローしておかなくては。名誉のために。
「でも、羽柴君がこんなに話しやすい人でよかった。クラスの女子に馴染めなくて。話し相手もいなかったし」
新城は微笑んだ。
最近、スマホから妙な光が出る。もしかして、無理に開いた扉のせいだろうか? 二つの世界のゆがみが発生しているのではないか? 不安がよぎる。
「私、羽柴君のこと好きだな」
それは突然の新城からの告白だった。勇者のような恋愛に不慣れなタイプでも、彼女の寄せる好意には薄々気づいていた。いつも話しているときに、にこにこ笑っている新城のことは大好きだ。ただ、勇者にはライクなのかラブなのか、その気持ちは自身ではわからなかった。
自分がいた世界のアニメやゲームが好きだという彼女には親しみが持てたし、断る理由は思いつかなかった。
「俺も貴様は好きだな……ひとつ話しておきたいことがある」
そう言うと、勇者はスマホを彼女に見せた。
信じてもらえないかもしれないけれど――自分はゲームの世界の人間で、中身のみ入れ替わっているという事実を伝えた。
彼女は最初こそ驚いた顔をしたが――
「以前と性格が違うのは、そういうことなのか」と納得した。
意外だが、不思議な話を信じる天然系らしい反応だともいえる。
「ねぇ、何度も1からゲームが始まったり、何度もやられたりするゲームキャラクターは理不尽なもの?」
「いちいち気にしていられないさ。何度ループしようとそれがさだめだしな。リセットできることは割と便利なものだ。こちらの世界の人間はリセットできないから大変だろうな」
「たしかに、私たちは不便かもしれないね。その発想、やっぱり勇者って面白い!」
最近、スマホが熱くなる。妙な光が放たれることがあるように思う。
そんなに使ってはいないはずなのだが――リアルとバーチャルの出入り口となっている場所だからなのか? 何かわからないが、時空の負荷がかかっているように感じた。
そのとき、雷のような閃光が光った。
それはきっと、入れ替わりの光なのだと確信した。
俺は覚悟した。この楽しかった世界にお別れしなければいけないことを。
再び、平穏な日常が訪れた。元々の羽柴翔に対して、新城は告白したことを伝えなかった。あの気持ちは勇者への想いだったのだから。
そのかわり、クラスメイトとして二人の関係は良好だった。いつの間にかこちらの世界へ戻ったあとは、友達が自然にできていた。やはり勇者の力は偉大だと羽柴は感じていた。
見た目が同じなのに、以前とは全く違うクラスメイトの反応と羽柴に対する位置づけが妙におかしくもあった。そして、勇者から学んだことがある。いじめを見て見ぬふりはやめることにした。これでも、一時期勇者だった男だからな。勇者からたくさんのことを学び、たくさんの変化があった。
ゲームキャラって所詮プレイヤーに操られていてかわいそう? リセットなんて簡単? そんなことはないさ。彼らは与えられた場所で仕事をしているのだ。プレイヤーを楽しませ、夢を与えているなんてすばらしい仕事だと思わないか? 俺はたちは、もう二度といれかわることはないだろうと覚悟していたのだが――
「あれ?」
また今日も入れ替わっている。あれ以来、何度も勇者とゲーマーが入れ替わる現象がループする。原因がわからないので、どうにもならないが、時は確実に進んでいるのに、入れ替わりは続く。まるで、選択肢のない人生のゲームのようだ。もう自分自身で選択権も拒否権もない。
♢♢♢
勇者に会いたい新城は勇者を呼び戻す儀式を何度もしていた。入れ替わったあの日も、新城は勇者を召還するという儀式を行っていた。その結果、羽柴翔が勇者と入れ替わるという事実が起こった。黒魔術だ。新城はあまりにもゲームにのめり込みすぎて、勇者ミカゲがこの世のどこかにいるはずだと思っていた。そして、本当に新城のクラスに勇者がやってきた。味を占めた新城。さらに黒魔術に磨きをかける新城は、ミカゲがこちらに来るのであれば、羽柴がどうなろうとしったことではないと思っていた。