毎朝うちに来てくれていたことだ。

一抹の淋しさを感じたけど、付き合っていく以上、傍にいられないときがあるのも仕方のないこと。

「ん、わかった」

出来るだけ笑むことを心掛けたけど、黎の顔は浮かない。

けれどこんなところで我儘を言うのは違うと思ったし、黎の進んでいる道の邪魔をしたくもない。

望んだ進路でなくても、黎はそれに反旗しようとはしていないから。

しばらく逢えなくなるのなら、憶えていてもらうのは笑顔がいい。

だから、私は笑った。

「――梨実、少し真紅を借りてもいいか?」

「どーぞ。ちゃんとあたしのとこに返してくださいね?」

「ああ」

海雨に応えて、黎は私の腕を摑んで立ち上がらせた。

「れ、黎?」

腕を引く黎は黙ったままだ。何も言わずに廊下を突き進む。もしかして怒らせてしまっただろうか……淋しさが不安にすり替わる。

黎は奥まった場所にある扉を開けた。プレートにはスタッフルームと書いてある。

音を立てないように扉を閉めた黎は、感情を映さない黒い瞳で私を見下ろして来た。

「あ、の……?」

「もー無理」

私の背中と後頭部に腕を廻して、上向かせるように抱きしめて来た。勢いのまま口づけられる。

「っ?」

怒っているのではないの? 黎は何も言わずに口づけを繰り返す。ただ黎にされるがままだ。

怒っているようでは……ない? 触れる場所からは少しも離したくないというように、強さを感じる。そして、触れ方は優しい。

何度交わしたかわからないくらい、思考の全部が黎に埋め尽くされた頃、唇を離した黎は私の肩に額を当てた。

「無理。日に一度も真紅に逢えないとか。真紅はそれを簡単に受け容れるとか」

「え……簡単じゃ、ないよ?」

「簡単だろ。さっき、すぐ肯いた」

「だって……学校のことでしょ? やらなきゃいけないことだよ。私の我儘で覆ることじゃない」

「覆らなくても。……いい、ごめん、何言ってんだろな」