夜の帳(とばり)を外に、縁側に並んで腰を下ろす。黒は片膝を立てて頬杖をついた。
「真紅も、俺にも母上にも総ては話しちゃいねーな。でも、なんとなくわかる。……真紅には、生きた回数分の記憶がある。それは死んだ回数だけ記憶があるってことだ。恐らく、『死んだ記憶』も持っている」
黒は語調も変えずに語る。俺は片目を細めた。
「――……それが、過去の転生が耐えられなかった『記憶』か……」
「ほかにもあると思うけど、一般的に耐え難いのは『死』だ。自分が何回も死ぬ。……陰陽師という特殊性のために、逆恨みされて殺された記憶もあるかもしれない。……その上に、今の真紅は立っている。そういう意味で、強いメンタルしてるって言ったんだ」
「……過去世(かこせ)を憶えている、とはたまに聞く話だが……」
「まあな。前世の記憶があるとか、研究者の論文だって出回ってる。真紅はそれを、何人分も持っちまってる。それも生まれつき覚えていた――当たり前に頭の中にあったもんじゃなくて、一瞬の間に頭の中に甦ってきたもの。……戻ったときのショックがあっておかしいもんじゃない。が、あんときはあんときだったしなあー」
今度は抱えていた足を投げ出してぼやく黒。
あんとき、とは、真紅の退鬼師としての血が一気に目覚めた瞬間、桜城黎――今は小埜黎――が、吐血して意識を失っていたと知らされたときだ。
その存在のために、総て――陰陽師にとっては総てと言っていいもの――を手放そうとした真紅だ。
自分よりも黎明のが心配だったのだろう。
「……影小路(そっち)の反応はどうだ? 中枢とは顔合わせたんだろう?」
真紅と母君の紅亜様は小路一派にゆるされて、籍を移すことになった。
紅亜様には霊感はないから、陰陽師として学ぶのは真紅だけだ。
「まだ腫もん扱いだな。申し訳ないことだが。……転生をどう扱っていいのか、わからないでいるんだろう。今のところ、古人翁(ふるひとおう)のところの黎と恋仲ってのは知られていない。二代続けて鬼の血筋を婿にするなんて、前代未聞だろうなー」
「鬼を婿にしたのは紅緒様が初代、か」
俺が言うと、黒藤は「だな」と笑った。
黎明のが、今は鬼性(きしょう)が滅され、霊感の強い人間程度でしかないと言っても、その出自は鬼人の一族・桜城家だ。
陰陽師一族に鬼の血を入れることへの抵抗は大きいだろう。
……鬼神(きしん)と呼ばれた鬼の息子が、すでにここにいるが。