海雨は背中の後ろに手をついて、スリッパにつっかけた足をぶらぶらさせた。
「澪さん、普段はふつーにいい人なんだけどね。真紅がトラウマ刺激しちゃった感じなのかな」
「それが申し訳なくて言い返せない……」
私ははじめから持っていたけど、澪さんは最初から持っていない。
澪さんがそれを気にしていることは、私も黎から聞いている。父である嗣さんが術師としての力を持っていなかったから、孫である澪さんにかかっていた期待は大きかった。けれど、澪さんも嗣さんと同じで。
その現実を受け容れて、もう一つの家業である病院を継ぐために医大生になってから、急に私が現れた。
……ショックは大きかっただろう。
自分はその力を忌避していたこともある。
自分の所為で、大すきな人を殺してしまうかもしれないと。
けれど結果論ではあるが、私が封じられた力を持っていたことで、黎との未来は繋がった。
黎が人間になったことで、一緒にいることが出来る。
更に鬼性もなくなったことから、将来的な話になるけど小埜家の監視下を離れることも可能になった。
「黎が……小埜家の監視下でも、今まで無害に生きて来られたのは、澪さんのおかげでもあるから」
澪さんは術師としての力がないから、黎が血を飲んでも害にならなかった。
黎は半分だけの吸血鬼。それでも血は必要だった。
澪さんだって、自分の指先を切ることは嫌だっただろう。
家のしがらみのためとはいえ、何故そんなことをしなければならないと思うはずだ。
それでも澪さんは、黎の血液提供者だった。
「ま。澪さんはいい人だと思うし話してて楽しいけど、あたしは真紅の味方だから、さすがになことを澪さんが言ったら、黎さんに言うからね?」
海雨は窓の外を見たまま、何気ない口調を装って言った。
「………」
私は、返事はしなかった。
澪さんから嫌がらせを受けていること、黎には言わないように海雨に頼んである。
二人の間に波風立たせたくなかったし、これは自分が受けて然るべき反応の一つだと思っているから。
にわかものの自分が影小路で生きていくためには、このくらいでへこたれてはいられない。
それに私は、一緒にいる相手に黎を望んでいる。黎じゃなくちゃ嫌だと。
でも黎は流派内の人間ではなく、元・鬼人で吸血鬼だ。
小路内部も納得させないと、結婚なんて出来ない。
……始祖の転生である私を次の当主に、と言う声は、既に聞こえ始めている。